長野先輩に与えられたミッションは、順調に進みました。

 卒業アルバムを眺めながら語られる思い出話はバリエーションに富んでいて、ビデオレターの撮影候補は絞り切れなくて困るぐらい集まりました。あまりにも情報量がすごくて、わたしは途中で登場人物の名前を覚えきれなくなりました。一旦セーブをしようとスマホを持って立ち上がります。

「トイレ行ってきます」

 わたしは和室を出て、トイレに向かいました。そしてトイレのドアの横の壁にもたれかかり、スマホを取り出して急いでメモをします。小学校の先生、中学校の部活の顧問、高校生の頃の親友、それから――

 ギシッ。

 上の階から、床の軋む音が聞こえました。わたしはスマホから顔を上げ、近くにある二階へと続く階段を見つめます。やがて足音と共に下りてきた弟さんが、わたしとトイレのドアを見比べて軽く頭を下げました。

「どうも」

 何のどうもなのか分かりませんが、ひとまず「どうも」と返します。弟さんがわたしの目の前を通り過ぎました。そしてトイレのドアノブに手をかけます。

「あの」弟さんの方を向きます。「わたしのこと、気に食わないですか?」

 ドアノブから手を離し、弟さんが振り向きました。わたしは自分で声をかけたくせに動揺し、あわあわと言葉を繋ぎます。

「えっと、その、他意はないんです。たださっきすぐに出ていっちゃったから、もしかしてわたしのことがイヤだったのかなって」
「……別に、そんなことはありませんけど」
「けど?」

 続きを迫ります。自分で言っておいて、何が「他意はない」だと思いました。弟さんが困ったようにわたしから目を逸らします。

「なんか、かわいそうだなとは思いました」
「わたしが?」
「はい。兄貴にとって全ての人間は自分の引き立て役なので」

 強烈なフレーズが飛び出しました。固まる私の前で、弟さんが不満そうに口を尖らせます。

「兄貴の世界の中心には、いつだって兄貴がいる。そりゃ、どうせなら引き立て役にも喜んでもらいたいぐらいのことは考えますけど、その程度ですよ。俺は兄貴のそういうところはあまり好きじゃないし」

 弟くんが眼球を動かし、じろりとわたしを見やりました。

「そんな兄貴を増長させる人も、正直、苦手です」

 あなたのことを言っています。目線でそう語られ、わたしはたじろぎました。こんな真っ直ぐに敵意をぶつけられたのは久しぶりです。高校二年生の時、友達が大好きなボーイズダンスグループの男の子について、若手お笑い芸人の名前を出して「似てるよね」と言ってしまった時以来かもしれません。

 ――それはそれ、これはこれでやっちゃおうよ。

 これは確かに、それしかないかもしれません。小笠原先輩に残された時間はわずかです。そのわずかな時間を使って優先すべきことは――

 ――ああやって認めて貰えると嬉しいね。

「あの」

 とんでもないことを言おうとしている。頭では分かっているのに止まりません。小笠原先輩がとんでもないことを言い出す時も、もしかしたらこんな感じなのかもしれない。そう思いました。

「頼みたいことがあります」