お父さんと小笠原先輩の話は、三十分ぐらいで終わりました。

 終わってすぐ、お父さんから「小笠原くんとビリヤードをしに行くぞ」と言われました。元々ビリヤードはお父さんの趣味なので、そこは小笠原先輩と話が合うだろうと思ってはいましたが、あの流れからビリヤードをやることになる理由はさっぱり分かりません。きっとお父さんも小笠原ワールドに巻き込まれたのでしょう。

 ビリヤードは、小笠原先輩がお父さんを終始ボコボコにしていました。ビリヤードの後は家で夕ご飯を食べました。そこで初めて小笠原先輩に会ったお兄ちゃんは最初こそ戸惑っていましたが、世代がだいたい同じだったので、いつの間にか高校時代に流行ったゲームや漫画の話で盛り上がっていました。

 夕ご飯の後はお父さんが車で小笠原先輩を駅まで送り、顔合わせは無事に終わりました。とはいえ、わたしのやることが終わったわけではありません。自分の部屋でベッドに腰かけて、LINEで長野先輩にメッセージを送ります。

『今、大丈夫ですか?』

 すぐにメッセージが既読になり、通話が飛んできました。通話を受けて耳にスマホを当てると、長野先輩の明るい声が鼓膜にじんと響きます。

「お疲れー。どうだった?」
「上手く行ったと思います。結婚式も普通にやれそうです」
「そうだよねえ。あいつがやるって決めたなら、それは実現するわ」

 声に実感がこもっています。きっと似たようなことが何度もあったのでしょう。今日の結果を長野先輩に報告すると決まった時、そこには船井先輩も安木先輩もいましたが、三人とも「99%やると思うけど念のため」という感じでした。

 結婚式のプランナーを、小笠原先輩は船井先輩たちに丸投げしました。

 正しくは船井先輩に丸投げしました。そうしたら船井先輩が文句を言ったので、長野先輩と安木先輩も巻き込まれることになりました。かくして船井先輩たちはいつものように、小笠原先輩の思い付きを形にする役割を担うことになりました。

「もう何か企画とか考えてるんですか?」
「考えてる。明日、小笠原の実家に行くんだよね?」

 いきなり話がわたしの予定に移りました。わたしは脈絡のなさに戸惑いつつ、とりあえず「はい」と答えます。今日、小笠原先輩がわたしの家に来たように、明日はわたしが小笠原先輩の家まで挨拶に伺います。わたしがけじめをつける必要はあまりないのですが、顔合わせが片方だけはしっくりこないのでそうなりました。

「そこで、あいつの過去を色々探ってみてくれない? 好きだった先生とか、仲良かった友達とか」
「いいですけど……どうしてですか?」
「サプライズのビデオレターを撮ろうと思って」

 ビデオレター。確かに、結婚式の定番イベントです。

「昔話は聞いたことあるけど、人の名前までは知らないから、ビデオレター撮るなら調査が必要なんだよね。でもいきなりそんなの聞いたら『こいつらビデオレター撮る気だな』ってバレちゃうじゃない。だから家に行くなら卒アルとか見せてもらって、探り入れて欲しいの」
「分かりました。でもそれだとビデオレター撮る時、小笠原先輩の病気のことを勝手に暴露しちゃうことになりません?」
「それは誰にでも言っていいみたいよ。ぞうじゃなきゃ、余命のことを知らない人を式に呼べないから」
「……そんな人も呼ぶつもりなんですか?」
「小笠原は、友達の友達の友達ぐらいなら普通に来て欲しいみたいだけど」
「結婚式って近しい人たちでやるものだと思うんですけど」
「私もそう思うから、そういう真っ当なツッコミは小笠原に入れて」

 確かに。わたしは納得して黙りました。すると長野先輩がすさかず「っていうか他にもさー」と、小笠原先輩の無茶ぶりについて延々と愚痴り始めます。文句を言いたくなるぐらい大変なのに、小笠原先輩のためにビデオレターまで撮ろうとしてるんですよね。そんなツッコミが思い浮かびましたが、ちょっと性格が悪いので言わないでおきました。

 それから十五分ぐらい話して、通話が切れました。わたしはベッドに仰向けに寝転がり、天井を眺めながら今日一日のことを思い返します。家族に小笠原先輩を会わせて、みんなに認めてもらえて、何だかんだいい顔合わせでした。次はわたしの番。小笠原先輩に何だかんだいい顔合わせだったと思ってもらえるよう、頑張らなくてはなりません。

 目をつむります。暗闇の中に会ったことのない小笠原先輩のお父さんと弟さんの顔を思い浮かべます。二人とも性格は小笠原先輩とは似ていないらしいのに、想像する二人はどうしても小笠原先輩とそっくりになってしまい、シミュレーションはなかなか上手くいきませんでした。