わたしが入っているビリヤードサークルは、月に一度、大勢で集まってミーティングを開きます。

 一応、わたしの大学のサークルということにはなっているけれど、実際はどんな大学の人でも入れるインターカレッジなサークルで、主な活動場所は行きつけのビリヤード場。そんなふわっとしたサークルだから部室は持っていません。ミーティングは大学の会議室を借りて行います。

 そして、そういうふわっとしたサークルだから、ミーティングも大したことは話しません。終わったイベントの報告やこれからやるイベントの相談ぐらい。終わったらみんなでご飯を食べに行くので、それ自体が一つのイベントのようなものです。誰もそこで天地がひっくり返る大発表が行われるなんて思っていません。

 だけど、七月のミーティングは違いました。

 正確に言うと、わたしと、船井先輩と、長野先輩と、安木先輩と、小笠原先輩は違いました。ミーティングの最後に、小笠原先輩が余命宣告のことをみんなに話すと決めていたからです。

 小笠原先輩はいつも通り眠たそうな顔をしていました。安木先輩はいつも通り何を考えているのか分からない顔をしていました。長野先輩は少し落ち込んでいるようでした。船井先輩は幹事長として前でミーティングを主導しながら、これから始まる夏休みのイベントを夏になったら戦争に行くみたいな表情で語るので、何も知らないみんなを困惑させていました。

「ではこれで、七月度のミーティングを終了します。最後に――」

 船井先輩が小笠原先輩を見やりました。小笠原先輩は後ろの方に座っていたので、視線が多くの人の頭上を通り過ぎます。

「小笠原」
「ほーい」

 小笠原先輩が立ち上がりました。そしてそのまま船井先輩のところに――行きません。当たり前のようにわたしのところに来て、当たり前のように言いました。

「一緒に来て」

 意味が分かりません。でもわたしは「はい」と言って立ち上がりました。小笠原先輩が意味の分からないことをするのはいつものことです。意味の分かることをする小笠原先輩の方が、わたしにとっては分からないかもしれません。

 小笠原先輩が前に向かってずんずんと歩き、わたしは後ろをついていきます。船井先輩は露骨に困惑していました。「なんでお前も来るの?」と目線で問いかけられ、わたしは同じく目線でこう返します。「さあ……」

 ホワイトボードの前に立っていた船井先輩が横にどきました。小笠原先輩が代わりにそこに立ち、通りのいい声でみんなに語りかけます。

「えー、今日はみんなに三つ、発表があります。まずは一つ目から」

 小笠原先輩が右腕で、わたしの肩をグイッと抱き寄せました。

「俺たち、付き合うことになりましたー」

 無言。

 部屋全体が、水を打ったように静かになりました。当たり前です。あまりにも前振りがありません。一言で言うと、滑っています。だけど小笠原先輩はそんなことは気にせず、流れるように言葉を続けました。

「そんで二つ目だけど、俺、余命宣告されましたー。癌で、あとだいたい五か月ぐらい。まー、そんな正確なやつじゃないぽいけど」

 話す順番がおかしい。そんなツッコミが頭に思い浮かびました。もはや順番どうこうの問題ではないので、そんなツッコミをしている時点で小笠原ワールドに巻き込まれているのですが、わたしはそれに気づいていませんでした。

「大学は辞めたからサークル的にはOBになるのかな。まあとにかくそんな感じで時間がなくて、生きてるうちにやりたいことがあるのね。それが三つ目なんだけど」

 わたしの肩を抱く小笠原先輩の腕に、軽く力が込められました。

「一か月後、俺たちの結婚式を開きたいと思いまーす」

 ――もう、無茶苦茶です。話が全く見えません。わたしも船井先輩も長野先輩も安木先輩も、覚悟していたのは二つ目の発表だけ。一つ目はここで発表するとは思ってなかったし、三つ目に至っては初めて聞きました。

「本当に結婚するわけじゃないけどね。結婚式風のパーティやりたいってだけ。前にバイトしてたバーに話したら協力してくれそうだし、場所はそこでいいと思うんだ。あとは――」
「待てや!」

 船井先輩が声を上げました。さすが常識人。こういう時は頼りになります。

「こっちはついていけてねえんだよ! ちゃんと説明しろ!」
「今してるじゃん」
「……いや、それはそうだけど」
「でも確かに、大事なこと飛ばしてた。時期とか場所とか説明するより先にやることあるわ」

 小笠原先輩がわたしの肩から腕を外しました。そしてわたしと向き合って、いつもみたいにゆるゆると笑います。

「俺だけの話じゃないもんね。ちゃんと二人の気持ちを合わせないと」

 小笠原先輩の眠たそうな目が、ほんの少し開きました。

「俺と結婚してくれる?」

 それはどういう意味ですか?

 さっき本当に結婚するわけじゃないって言ってましたよね? 結婚式やってもいいかってことですか? っていうか、断られたらどうするんですか? 断っちゃいますよ? 何の相談もしてくれなかったの、だいぶモヤってるし。

 色々、本当に色々、言いたいことがありました。だけどわたしが選んだ返事は、たった一言。

「はい」

 こんな風だから、わたしはいつも、小笠原先輩に振り回されるのです。