「じゃあ今は疲れてるし、おなかもいっぱいだよね」

いきなり話題を変えたかと思うと、綺世は私に対して訳の分からない質問攻めをした。
今日は1000メートル走をさせられたおかげでくたくただし、彼からもらった購買のクロワッサンのおかげで空腹感はない。
しかしどうして疲労の確認をしたり、わざわざパンをくれたりしたのだろう。
混乱しながらその動向を見ていると、綺世は立ち上がって保健室の奥に向かったかと思いきや、ベッドを囲んでいるカーテンを勢いよく開いた。

「部屋は暗くしてあるし、ラベンダーのアロマも置いたし、これで夢の世界に行く準備は整ったよ」

得意げに笑った綺世が真っ白なベッドをポンポンと叩く。
なにやら先ほどからいい香りがすると思ったら、そこでアロマを焚いていたのか。
ラベンダーの香りはたしか、安眠作用があると聞いたことがある。
適度な疲労に満腹感、それから薄暗い室内にラベンダーの香りって。

「なんだか民間療法みたいな方法で眠るんだね。夢喰いってもっと特別な力を使って人間を眠らせるのかと思ってたんだけど」

頭に浮かんだことを素直に言うと、綺世はくちびるを尖らせながら不貞腐れた。

「俺たちは単に夢を喰べることしかできないから、自分の力で眠ってもらわないと困るんだ」

「ふぅん。夢喰いって案外普通なんだね」

「そのとおりだけど、ちょっとプライドが傷つくなぁ」

「覚えてなよ」と機嫌を損ねながらも、綺世は用意してくれていたベッドへと私を導いてくれた。
なんだかんだと言っても彼の厚意をありがたく思いながら、二人で白いシーツの上に腰かける。

「まず初めに、涼音の夢から俺の夢までの路を辿ってもらう。初めはなんとなくでいいから、少しずつ感覚を掴めるように頑張ろう」

「分かった。よろしくお願いします」

綺世の言葉に頷き、私はいそいそとベッドの中へ潜り込んだ。
今日は綺世が私の夢に渡り、彼の夢の中まで案内をしてくれるらしい。
夢に渡られるというのはいったいどんな感覚なのだろう。
これまで他人の夢に渡ったことしかないために興味と期待と不安が入り混じった気持ちでいると、ふいに綺世が同じベッドへと入り込んできて、私は自分の目を疑った。

「へっ?」

「どうかした?」

「待って。私たち同じベッドで眠るの?」

「うん。俺は君と違って人間に触れていないと夢渡りができないからね。手だけでいいから繋いでおいて?」

「いや、つ、付き合ってない男女が同じベッドに入るなんて……!」

「ははっ、今時古風なことを言うんだね、涼音は」

私の抵抗感をものともせず、綺世が当然のように言ってのける。
まるで戸惑っているこちらの方がおかしいような気分にさせられ、私は思いきり顔を顰めた。

そういえば昨日、綺世は隣のクラスの女の子の夢を喰べたと言っていたはずだ。
つまりいつもこんなことをやっているのだろうか。
いろいろ見直したりもしたけれど、この人はやっぱりれっきとした女たらしらしい。
私とは持っている感覚がまったく違う。
そんな私の嫌悪感を感じ取ったらしい綺世は、呆気に取られながら目を丸くした。

「やましいことはなんにもしないよ。いつもだって“一人で眠るのは寂しくて苦手”って言って、女の子たちに添い寝をしてもらってるだけだし」

「そういう問題じゃないでしょ……」

「だってこうでもしないと夢を喰べられないんだ。夢喰いにとって夢を喰べられないということは重大な死活問題なんだから」