隣の席のクラスメイト――星野綺世の正体が、夢を喰べて生きる夢喰いだと知った翌日。
「放課後、保健室に集合ね」と彼に言われたとおり、指定された保健室へと向かうと、綺世はすでにそこにいて、室内のソファーでゆったりと寛いでいた。
なぜか電気の点いていない薄暗い空間は、消毒液のような独特の匂いも相俟って、どこか不穏な感じがする。
さらに私が入るなり綺世によって鍵を閉められ、さながらミステリードラマにでも出てくるような密室が完成させられた。

「えっと、保健室の先生は?」

「しばらく出ていってもらってるよ」

「貸切状態ってこと? よくそんなこと許してもらえたね?」

「話をつけるのは簡単だったよ。だってあの人も夢喰いだからね」

綺世の言葉に思わず目を丸くする。
この高校の養護教諭は、まだ20代だと思われる若い女性の方だ。
私は話したことがないから彼女の人となりは知らないけれど、美人で落ち着いていて、生徒にとても人気だと聞いたことがある。
しかし言われてみれば、綺世に似た淡い色の目をしていたような。
そんな彼女もまた夢喰いだったなんて。

夢喰い同士は言葉を交わさなくても、なんとなくお互いの正体を察知できるのだと綺世は言った。
だからこそ、彼も先ほど初めて先生と話をしたというのに、すぐに状況を理解して保健室の使用を承諾してもらえたというわけだ。

「ねぇ、夢喰いってそんなにたくさん存在しているものなの?」

「いや、そう多くはないかな。絶滅危惧種みたいなものだよ」

夢喰いは遺伝によるものでしか生まれることはないらしい。
綺世も夢喰いの知り合いは親類くらいおらず、それもめったに会うことはないそうだ。

「夢喰いはたいてい固まって生きてはいないんだ。近くにいると誤って同じ人間の夢を喰べてしまうかもしれないからね」

「えっ、同じ人間の夢を喰べてはいけないの?」

「明確な決まりではないけど、何事もしすぎるというのはよくないでしょう? 何人もの夢喰いによって夢を喰べられすぎた人間は、どこかに不調をきたしてしまうかもしれないから」

「そっか、なるほど」

「どう? ちょっと夢喰いが怖くなった?」

妖しさを装いながらも、綺世が窺うように小首を傾げる。
この人はなぜか人間に怖がられることを恐れるきらいがあるらしい。
夢喰いは本能的に人間を慕うというのはこういうところに表れているのかもしれないと思い、その不似合いないじらしさが可笑しくなる。

「夢を喰べすぎないように人間に気を遣ってくれてるんでしょう? だったら怖いだなんて思うはずないよ」

夢を喰べられすぎるとどうなるか分からないというのは少し怖いけれど、人間に危害を加えないようにしてくれている夢喰いはとても優しいし思慮深いと思う。
だからそんなに嫌われる心配なんてしなくてもいいのに。
わりと慎重なところがあるのだなと、その意外性にひっそりと笑う。
すると私の余裕を察したらしい綺世は、自分の杞憂に気がついたのか、場をごまかすようにわざとらしい咳払いをした。

「分かったよ。ところで涼音、5限の体育はどうだった?」

「え? どうって……今日の授業は長距離走だったから、かなり走らされて疲れたよ。綺世もでしょう?」

「そうだね。じゃあさっき俺があげたパンは?」

「それならここに来る前に食べろって言われたから、きちんと食べてきたけど」