隣のクラスの女の子がどの子のことかは分からないけれど、ともあれ星野くんは自分の夢ではなく人の夢の中で私の姿を見たらしい。
他人の夢に入り込める人間は夢渡りの能力がある者くらいで、私の話を聞けば案の定そうだったというわけだ。

「それからどうやって夢を喰べるかだっけ。その説明はちょっと難しいな」

「ええっ、どうして?」

「涼音ちゃんだって、自分がどうやって食べ物を飲み込んでいるかなんて説明できないでしょう?」

言われてみればたしかにそうだ。
食べ物を噛んだり飲んだりすることは、誰かに教わらずとも自然にできるようになったことだから、おそらく口や喉の筋肉を使っていることは分かるけれど、そのやり方なんて言葉では説明できない。
夢喰いである星野くんも同じで、生まれたときから自然と夢を喰べることができたのだろう。
分かりやすい説明に納得しつつも、夢を喰べる仕組みを知ってみたいという好奇心は儚く打ち砕かれ、私は少しだけ肩を落とした。
そんな私を見た星野くんが、くすくすと笑い声をもらす。
夢の喰べ方は説明できないけれど、例えるなら夢喰いは、他人のスクリーンに入り込んで映写機の中のフィルムを喰べてしまうようなものだと、彼は最後につけ加えた。

「夢渡りはね、その範囲が広くなるほどリスクが高くなる行為なんだ。いくつもの通路が繋がった広い広い映画館の中を進みすぎるとどうなると思う?」

「いつか……迷子になる?」

「そう。迷子になって自分のスクリーンに帰れなくなる。すなわち意識が肉体に戻らなくなるんだよ」

星野くんの言葉で、今まで自分が無意識に行ってきた行為の恐ろしさを改めて知る。
このまま夢の世界に呑み込まれないようにするためには、やはり夢渡りをコントロールできるようにならなければいけないのだろう。

「いい? まずは自分の意識が離れたところにいかないようにする練習をしよう」

「それは難しいことなの?」

「簡単ではないけど大丈夫。無意識にやっている涼音ちゃんなら、きっとすぐにコツを掴めるはずだよ」

小首を傾けて微笑んだ星野くんは、「さっそく明日の放課後から練習してみようか」と提案すると、軽快に立ち上がってから私に手を差し出した。
その手を辿々しく取れば、彼はまるでエスコートをするように私を立ち上がらせる。

「俺の正体も知ったことだし、これからはもっと仲良くなろうよ。俺のことも名前で綺世って呼んで?」

「あ……綺世……?」

「そう。これからよろしくね、涼音」

満足そうに頷いた彼は、それから上機嫌で階段を降りていった。
離れていくその後ろ姿を見て、私は初めて口にしたばかりの名前を使い、慌てて彼を呼び止める。

「綺世っ!」

「ん? どうかした?」

「その、どうしてそんなに優しくしてくれるの? 私、あなたを苦手にしてることを隠してなかったでしょう?」

今朝からずっと疑問だったのだ。
私は綺世を苦手にしていたことで、これまで彼に対して愛想のない態度を取っていたはず。
いくら絶望に向かっていると気づいたのだとしても、そんな嫌な人間のことなんて見て見ぬふりをしてもよかったのに。
私がそう言うと、一瞬だけぽかんとした顔をした綺世は、それからニヤリと口角を上げた。

「ずっと君の目に映りたかったんだ。俺に靡かない女の子なんて珍しいから」

「そんな理由で――」

「ははっ、冗談冗談。別に恩なんか感じなくていいんだよ。夢喰いは人間から夢をもらうから、本能的に人間を慕うし、助けたくなるものなんだ」