普段はほとんど誰も立ち入らないであろうそこは、少し埃っぽくて薄暗い。
しかしここであれば誰かに話の内容を聞かれてしまうこともないだろう。
とはいえいったい何を言われるのかと緊張している私とは対照的に、星野くんは悠々とした様子で微笑んだ。

「涼音ちゃんも薄々は勘づいているよね。俺が普通の人間じゃないってこと」

その問いに、おそるおそる頷く。
星野くんの見た目も相まってか、彼が普通の人間でないということはすとんと飲み込めていた。
薄暗いこの場所に不思議な色合いの目がぎらりと光って見えて、正体の知れない恐ろしさに身がすくむ。
緊張から何度もまばたきをしつつ星野くんを見上げていると、彼は何かを決心したかのように「実はね」と切り出した。

「俺は夢喰いと呼ばれている一族の者なんだ」

「夢喰い?」

「人間のようでいて人間と少し違う、夢を食べて生きる存在だよ」

そう言うと、星野くんは“夢喰い”について説明をしてくれた。
生態は普通の人間とそれほど変わらない。
しかし夢喰いと呼ばれる彼らは、定期的に人間の見る夢を喰べなければ生きてはいけないらしい。
その原理はよく分からないが、おそらく人間が酸素や食事を摂取しなければいけないことと同じなのだろうと勝手に解釈する。

「俺らは人から夢をもらう代わりに、人の睡眠にまつわる問題を解決して生きているんだ。どう? 気味が悪い?」

「ううん、別に」

動揺もなく否定したはずなのに、星野くんは疑り深く私を見つめた。
私は正直、彼の正体をもっと悪質で妖怪のように恐ろしいものかもしれないと予想していたから、意外と善良だったことに拍子抜けしているくらいなのだ。

「見た目は普通の人と変わらないし、問題を解決してくれるなんてすごいことだと思うけど」

もはや疑いを通り越して怯えさえ感じる目がかわいそうになり、取り繕うようなフォローの言葉をかける。
すると彼はようやく安心したように眉を開いた。

「そう。怖くないのならよかったよ」

どうやら星野くんは自分の正体を明かすことに抵抗があったらしい。
きっと人外であるという事実だけで怖がられることもあるのだろう。
私のために腹を括って告白してくれたのだと分かり、そんな彼の知らない一面に少しだけ心を動かされる。
もしかしたら彼は私が思っていたほど悪い人ではないのかもしれない。

「つまり私の問題を解決してもらって、もう一度きちんと眠れるようになったら、そのお返しとして星野くんに夢をあげればいいのね」

「うん。そうしてもらえると助かるよ」

「でも夢喰いに夢を喰べられるとどうなってしまうの?」

「別にどうにもならない。ただ俺に夢の内容を知られてしまうし、喰べられた夢は起きたときにはすべて忘れてしまうんだけどね」

「ふぅん。それなら特に害はないってことか」

夢の内容を知られるなんて、私にとっては因果応報のようなものだし、もともと夢なんて起きたときにはほとんど覚えていないのだから、喰べられてしまってもかまわない。
報酬がそんなことでいいならと二つ返事で了承すると、私たちは腰を据えて話すために、屋上へと続く段差に並んで座った。

「それじゃあ次は君の話を教えてくれるかな」

星野くんから話を振られ、私はそれまで誰にも知られないように固く閉ざしていた口をゆっくりと開いた。