「不眠症になったきっかけはあるの? 環境が変わったとか、強いストレスを受けたとか」

星野くんに問われるも、私は口籠って俯いた。
人の夢に入れるようになった原因は分からないが、不眠症の原因に心当たりはある。
しかしそれを苦手としている彼に伝える気には、どうしてもなれなかった。
押し黙った私を見て、星野くんが弱ったように眉を下げる。

「まぁ言いたくないなら無理して言わなくていいよ。でも涼音ちゃんは自分でコントロールをしていないと言ったね? そのまま訳も分からず他人の夢の中に入り込んでいるとどうなると思う?」

「どうなるって……」

「いつか意識が夢の中を彷徨ったまま、自分の体に戻れなくなるんだ。そうなると元より睡眠不足で衰弱していた体の方は二度と起きることなく、そのうち呼吸が止まってしまう」

「それは死ぬってこと……?」

「そう、肉体的にはね」

意味深に言葉を区切った星野くんは、それから不気味な笑みを浮かべた。

「帰る体をなくした君の意識の方は、消滅することもなく永遠に人々の夢の狭間を漂い続けるんだ。それはある意味、どんな死よりも恐ろしいと俺は思う」

意識だけが永遠に夢の狭間を漂い続ける。
その意味を考えると、途端に背中がぞくりと寒くなった。
このままでは生きることはもちろん、決定的な死を迎えることもできず、一人で終わりのない時間の中を彷徨うことになるだなんて。
それは本当に、計り知れないほどに恐ろしい。

「私はどうすればいいの……?」

震える声で尋ねると、星野くんは焦ったように両手をひらひらと振った。

「ああ、ごめんごめん。ちょっと怖がらせすぎちゃったね。大丈夫だよ。俺なら君のことを助けてあげられるから」

どうやらこの状況から逃れられる方法はあるらしい。
こんなときばかり苦手な彼に縋りつこうとするなんて現金なものだと思いつつ、安心感からホッと息を吐く。

「放課後、時間ある? さっそく詳しい話をしようか」

「うん……お願いします」

まだすべてが飲み込めないながらも、戸惑いがちに約束を交わす。
するとちょうど教室に担任の先生が現れ、私たちはひとまず授業に集中するべく前を向いた。
しかし簡単に気持ちは切り替わらず、指先も恐怖から冷え切ったままだった。
だめだ。こんなふうに動揺するなんて、いつもの私らしくない。
なんとか冷静さを取り戻そうと、手を擦って温めつつ深く息を吸う。
するとそのうち、ほどよく冴えてきた脳内には、いくつかの疑問が浮かび上がってきていた。

どうして星野くんは、私がいろんな人の夢を渡り歩いているのだと分かったのだろう。
彼は昨日、夢の中で私の姿を見かけたと言っていた。
けれど毎日のように人の夢に入り込んでいるというのに、彼以外からは夢の中で私の姿を見たという話を聞いたことはないし、噂にだってなっていないはずなのだ。
それに私は彼の夢に入ったことなど一度もない。
きっと苦手な人だから夢の中でも無意識に避けているのだろうと解釈していたのだけれど、もしかしたらほかに理由があるのかもしれない。
「俺なら助けられる」という確信に満ちた言葉だって、考えてみれば不思議なことこの上ない。
それはまるで得体の知れない力を持っているような言い草だ。

星野綺世。
彼はいったい何者なの――?



「さて。それじゃあ詳しい話をしようか」

放課後。私は星野くんに誘われるがまま校内の階段を上り、屋上へと続く扉の前へやってきていた。