「さ、佐保……?」

「私はすずと一緒にいられて本当に幸せだった。これからも、すずのことがずっと大好きだよ」

「や、やだよっ! そんなお別れみたいなこと言わないで! 一緒に連れて行ってよ!」

「ダメだよ。すずはまだ、こっちには来てはダメ」

幼い子供に言い聞かせるようにして、佐保が私の目を見つめる。
そして少しだけ目を伏せると、それからとびきりの笑顔で笑ってみせた。

私が大好きだった彼女の笑顔。
その姿を忘れないように目に焼きつける。

「ねぇ、すず。いつかまた会えたら、そのときはもう一度、私の親友になってくれる?」

「当たり前でしょう。離れていても、私たちはずっと親友だよ」

「うん。嬉しい。ありがとう」

ありがとうって言いたいのはこっちの方だよ。
佐保と出会えてよかった。
そしてこれからも、永遠に、私たちの絆は続いていくんだ。

「佐保っ! ありがとう! 私もずっとずっと、佐保のことが大好きだからっ!」

佐保の体が白い空間へと溶けて消えていく。
最後の光の一粒が見えなくなるまで、私は彼女の姿を見送っていた。



「おかえり、涼音」

曖昧な感覚の中で聞こえたのは、私の名前を呼ぶ、すっかり聞き慣れた綺世の声だった。
その声に導かれるように目を開ければ、隣りで眠っていたはずの彼は、すでに起き上がってこちらを見下ろしていた。
ぼんやりとした目を擦りながら私も上体を起こし、保健室の隅に目をやると、時計の針が15時を指しているのが見える。
どうやらけっこうな長い時間を夢の世界で過ごしていたらしい。

「よかった。涼音がちゃんと現実の世界に戻ってきてくれて」

綺世が安心した様子で微笑む。
すると瞼の裏に残った佐保の笑顔が、彼の顔に重なって見えた気がした。
そのせいか、私の頭にふっとある考えが思い浮かぶ。

「ねぇ、綺世」

「ん?」

「私はたぶん、佐保を探すために夢渡りをするようになったんじゃないかな」

寝起きで舌足らずな私の声に、綺世がきょとんと目を丸くする。

佐保は辛い現実から逃げたくて、夢渡りをするようになったと言っていたはず。
それを聞いて、私にも何か夢渡りをするようになった理由があるかもしれないと思ったのだ。
ならばおそらく、私は片割れがいなくなった寂しさから、佐保を求めて人の夢の中を彷徨っていたのだろう。

「うん、そうかもしれないね」

切ない真相に気がついて、私の目からは何度目か分からない涙が溢れ出す。

「私、生きるよ。綺世も佐保も、それを望んでくれたから」

二人に救ってもらった命を、けして無駄になんかしない。
そんな決心をしていると、唐突に強い眠気が襲ってくる感覚がして、私の口からはふわぁと息が溢れた。
欠伸なんて、久しぶりにした気がする。