無我夢中で起き上がって彼女に駆け寄ると、私は勢いよくその体を抱きしめた。
華奢な肩に、あたたかな体温。
それから優しいシャンプーの香り。
ああ、佐保だ。
ここにいるのは佐保本人で間違いない。
「どうしてすずがここにいるの?」
「佐保のことを探しにきたんだよ」
いまだ驚いてしまっている佐保に、私が涙ながらにこれまでの経緯を説明すると、彼女は大した疑問も抱かずすぐに事態を飲み込んだようだった。
それもそのはず。
綺世が推測したとおり、佐保は私よりも先に夢渡りをしていたのだそうだ。
佐保曰く、彼女はストレスによる不眠と、辛い現実からどこかへ逃げ出したいという思いがあってか、いつしか夢渡りができるようになったのだという。
「あのね、私もすずにずっと聞いてほしいことがあったの」
そう言って佐保が聞かせてくれたのは、彼女が亡くなったあの日のことだった。
真面目な佐保がなぜか真夜中に家を抜け出し、歩道橋から転落して亡くなったあの日。
「私ね、これ以上人の夢を覗き見したくなくて、眠ってしまうのが怖くなってたんだ。だからあの日、すずにメッセージを送ってから、気晴らしに一人で外に出かけようと思ったの」
実際には、佐保は少しだけ真夜中の近所を散歩するだけのつもりで出かけたらしい。
しかしずっと続いていた睡眠不足のせいで、元々体調がかなり悪かったのだそうだ。
そのため歩道橋の階段を上りきったところで眩暈に襲われ、そのまま一番下まで転げ落ちてしまったのだという。
「頭からたくさん血が流れて、体が動かなくなって、自分が死んでしまうのが分かった。だけどそのとき、このまま死んだらすずに送ったメッセージを遺書だと誤解されてしまうと思ったんだ。それでどうにか弁解しなくちゃって、むやみやたらに意識を飛ばしていたら、気づいたときには夢の世界にいたの」
佐保の意識が肉体とともに消えずに夢の世界に入り込んでいた理由が、まさか私に弁解をしたかったからだなんて。
彼女の底知れぬ思いやりに胸が締めつけられる。
ううん、佐保はそういう子なのだ。
自分が苦しいときでさえ、誰かのことを考えてしまう優しい子。
そのつぶらな瞳を久しぶりに間近で眺め、再び涙が溢れ出てきてしまう。
「ごめんね。私がドジなせいで、すずのことをたくさん苦しめてしまった」
「ううん、私こそごめん……。何もできなくてごめん……!」
「そんなことない。助けに来てくれて、本当に嬉しかった」
二人で抱き合いながら、私たちはしばらくのあいだお互いに泣きじゃくっていた。
けれど悲しいことばかりではない。
本来ならば知ることのできなかったら佐保の本心を、こうして教えてもらうことができたのだ。
それだけで、私は十分すぎるくらいに救われていた。
「佐保……?」
そうしてようやく私たちが泣き止んだころ、佐保の体は突然、蛍のような淡い光を帯び始めた。
先ほどまで触れられていたはずの体も透きとおっていき、私の腕が空を切る。
「涼音、もう時間がないみたいだ。早く佐保ちゃんを彼女の夢の中に送り届けないと、意識が形を保てずに分散してしまう」
「またすぐに会えるよね?」
「残念だけど、おそらくそれは……」
どうして。ようやく佐保に会えたのに。
何か方法はないのかと綺世に訴えたものの、そのようなものがないということは、たぶんこの場にいる全員が理解していた。
悲嘆に暮れる私に向かって、佐保が覚悟をしたように笑みを浮かべる。
「星野くんも本当にありがとう。これからも、すずのことをよろしくね」
「もちろんだよ。佐保ちゃん、帰り道は分かる?」
「うん、大丈夫。ねぇ、すず。最後にこれだけは言わせて」
華奢な肩に、あたたかな体温。
それから優しいシャンプーの香り。
ああ、佐保だ。
ここにいるのは佐保本人で間違いない。
「どうしてすずがここにいるの?」
「佐保のことを探しにきたんだよ」
いまだ驚いてしまっている佐保に、私が涙ながらにこれまでの経緯を説明すると、彼女は大した疑問も抱かずすぐに事態を飲み込んだようだった。
それもそのはず。
綺世が推測したとおり、佐保は私よりも先に夢渡りをしていたのだそうだ。
佐保曰く、彼女はストレスによる不眠と、辛い現実からどこかへ逃げ出したいという思いがあってか、いつしか夢渡りができるようになったのだという。
「あのね、私もすずにずっと聞いてほしいことがあったの」
そう言って佐保が聞かせてくれたのは、彼女が亡くなったあの日のことだった。
真面目な佐保がなぜか真夜中に家を抜け出し、歩道橋から転落して亡くなったあの日。
「私ね、これ以上人の夢を覗き見したくなくて、眠ってしまうのが怖くなってたんだ。だからあの日、すずにメッセージを送ってから、気晴らしに一人で外に出かけようと思ったの」
実際には、佐保は少しだけ真夜中の近所を散歩するだけのつもりで出かけたらしい。
しかしずっと続いていた睡眠不足のせいで、元々体調がかなり悪かったのだそうだ。
そのため歩道橋の階段を上りきったところで眩暈に襲われ、そのまま一番下まで転げ落ちてしまったのだという。
「頭からたくさん血が流れて、体が動かなくなって、自分が死んでしまうのが分かった。だけどそのとき、このまま死んだらすずに送ったメッセージを遺書だと誤解されてしまうと思ったんだ。それでどうにか弁解しなくちゃって、むやみやたらに意識を飛ばしていたら、気づいたときには夢の世界にいたの」
佐保の意識が肉体とともに消えずに夢の世界に入り込んでいた理由が、まさか私に弁解をしたかったからだなんて。
彼女の底知れぬ思いやりに胸が締めつけられる。
ううん、佐保はそういう子なのだ。
自分が苦しいときでさえ、誰かのことを考えてしまう優しい子。
そのつぶらな瞳を久しぶりに間近で眺め、再び涙が溢れ出てきてしまう。
「ごめんね。私がドジなせいで、すずのことをたくさん苦しめてしまった」
「ううん、私こそごめん……。何もできなくてごめん……!」
「そんなことない。助けに来てくれて、本当に嬉しかった」
二人で抱き合いながら、私たちはしばらくのあいだお互いに泣きじゃくっていた。
けれど悲しいことばかりではない。
本来ならば知ることのできなかったら佐保の本心を、こうして教えてもらうことができたのだ。
それだけで、私は十分すぎるくらいに救われていた。
「佐保……?」
そうしてようやく私たちが泣き止んだころ、佐保の体は突然、蛍のような淡い光を帯び始めた。
先ほどまで触れられていたはずの体も透きとおっていき、私の腕が空を切る。
「涼音、もう時間がないみたいだ。早く佐保ちゃんを彼女の夢の中に送り届けないと、意識が形を保てずに分散してしまう」
「またすぐに会えるよね?」
「残念だけど、おそらくそれは……」
どうして。ようやく佐保に会えたのに。
何か方法はないのかと綺世に訴えたものの、そのようなものがないということは、たぶんこの場にいる全員が理解していた。
悲嘆に暮れる私に向かって、佐保が覚悟をしたように笑みを浮かべる。
「星野くんも本当にありがとう。これからも、すずのことをよろしくね」
「もちろんだよ。佐保ちゃん、帰り道は分かる?」
「うん、大丈夫。ねぇ、すず。最後にこれだけは言わせて」