「聞いたことがあるんだ。夢の世界で彷徨っている人間の声が、生きている人間の耳に届くことがあると。涼音が今でも佐保ちゃんの声を聞くのだとしたら、もしかしたらそれが原因である可能性がある」

綺世の紡いだ言葉の語尾が震える。

佐保の魂が、まだ夢の世界にいるかもしれない。
けれど、前に綺世が教えてくれたはずだ。
夢の中にいたまま帰る体をなくした人間の意識は、消滅することなく永遠に人々の夢の狭間を漂い続けるのだと。

「そんなっ！　だったら佐保はっ……！」

「落ち着いて。声が聞こえるってことは、まだそう遠くには行っていないはずだから」

「どうやったら佐保を助けられるの！？」

「詳しいことは俺にも分からないけど、とにかく夢の世界を探し回るしかない」

夢の中を彷徨う人間を捕まえたという事例は、ほとんど確認されていないらしい。
綺世も明確な方法は分からないそうだ。
そんな絶望的な状況に硬直していると、綺世に腕を掴まれ、私はハッと目を見張った。

「俺は人間の意識を捕まえることができるし、君は夢の通い路を動きまわることができる。二人で協力すれば、佐保ちゃんを助けられるかもしれない」

「だけど私、まだ自分の意識を上手くコントロールなんてできないよ」

「それでもやるしかない。これは俺たちにしかできないことなんだ」

夢の世界のことなんて、まだほとんど分かってない。
分からないことばかりなのは、誰だって怖いだろう。
それに今の自分に何かを成し遂げられる力があるとも思えなかった。
だけど。

「うん。やる。絶対に佐保を探し出してみせる」

綺世の目を強く見つめ返す。
佐保を探しにいかない選択肢なんて、私にははなからなかった。
いくら怖くても、いくら時間がかかったとしても、絶対に佐保を見つけ出してやる。
拳を握る。踏みしめた足に、さらに力を入れる。

《すず》

その瞬間、頭の中で確かに佐保の声が響いた。

私は佐保に名前を呼んでもらうことが好きだった。
友人をけして呼び捨てにしたりしない佐保が、私のことだけは“すず”と愛称で呼んでくれるから。
柔らかなその声で名前を呼ばれることは私にとって特別で、彼女の親友であることが私の誇りだった。

佐保、待ってて。
今度は間違えたりしない。
もう一人で夢の世界を彷徨わさせたりなんかさせないから。

「急ごう。佐保ちゃんが待ってる」

それから授業を放棄した私たちは、急いで保健室へと向かい、夢喰いである保健室の先生に事情を説明した。
すぐさま状況を理解してくれた彼女にお礼を言い、さっそく真っ白なベッドの中へと潜り込む。

「俺と涼音の意識を繋いでおくから、君が夢の中で迷子になることはない。だから思う存分夢の中を探し回って。佐保ちゃんを見つけたら、俺の名前を呼ぶんだよ」

「分かった。ありがとう、綺世」

「うん。信じて。俺と、佐保ちゃんを想う君自身の力を」

そう言って、私たちは昨日と同じようにして手を繋いだ。
綺世に向かって確認するように頷いてから仰向けに横たわり、静かに目を閉じて自分の呼吸の音を聞く。
眠りに入ろうとするとやはり緊張が走ってしまうけれど、昨日は一睡もできなかったからきっとすぐに眠れるはずだ。