佐保は我慢強くて自分より他人を優先してしまう優しい子だと、私はよく知っていたはずだ。
そんな彼女が珍しく弱音を吐いたとき、無理を言ってでもどんな手を使ってでも一緒にいてあげるべきだった。
彼女が見せた涙は、私に対する最初で最後のSOSだったのに。

「佐保が苦しんでいたのにね、私はそのとき、のん気に眠っていたんだよ」

佐保の死を聞いたのは、雪のちらついた寒い朝のことだった。
ぐっすりと眠っていた私を、母が叩き起こして知らせてくれたのだ。
あのときの母の焦りと悲しみに満ちた声は、今でも耳に残って離れてくれない。
佐保が亡くなったなんて、そんなの悪い冗談か何かの間違いだと思った。
だってほんの昨日まで、私の横で笑ってくれていたのだから。
母の言うことを信じられなかった私は、すぐさま震える手でスマートフォンを開き、佐保と連絡を取ろうとした。
しかしいつも使っているアプリには、私よりも先に彼女からメッセージが届いていたのだ。

《すず。今日は本当にありがとう》
《ごめんね。大好きだよ》

それは明らかに、すべてを諦めた佐保の言葉だった。

「その日から、私は眠るのが怖くなったの。眠っているあいだに、大切なものを失ってしまいそうで」

新しいクラスや家庭環境に馴染めないことや、受験勉強のストレスが溜まりに溜まって、心が耐えきれずに亡くなったのだろうと、周りの人間は口を揃えて言った。
けれど、きっとそれは違う。
学校にも家にも居場所を見つけられない佐保にとって、たぶん私だけが最後のよすがだったのだ。
そんな私は頼りなくて、肝心なときに何も気づけなくて、一緒に行こうといった高校にも受からないかもしれない。
その事実はきっと、弱っていた彼女を絶望させるには十分だったはずだ。
私だけが佐保を助けられたはずなのに、その私が最後の引き金を引いてしまった。
私が、佐保を死に至らしめたのだ。

「会いたい。佐保に会いたい」

会って佐保に謝りたい。
こんな私のこと、詰ってくれればいい。
そのためにも、私は今すぐに彼女の元へ行きたい。

「辛かったんだね」

するとずっと黙ったまま私の話を聞いていた綺世が、ただ一言だけそう言って、いつか私が佐保にしたようにその腕で私を抱きしめた。
もはや振り払う力も残っておらず、大人しく彼に身を委ねる。

「涼音が後悔する気持ちも分かるけど、いくら親友だったとしても、人一人の命に他人がそこまでの責任は持てないよ」

「そんな冷たいこと言わないでよ……!」

「事実でしょう? それに涼音が死んだって、佐保ちゃんに会える保証はない。だったら生きていてよ」

「無理だよ。これ以上、どんな顔をして生きればいいの」

「自分や佐保ちゃんのために死にたいと思うなら、俺や他の人たちのために生きようと思えばいい」

私に強く言い聞かせる綺世の目を、睨み返すように見つめる。
私と佐保以外のために生きるって。

「どういうこと」

「自分なら助けられると思った人間を死なせてしまうなら、俺は涼音とまるっきり同じ立場になる。俺に自分と同じ苦しみを与えないでってこと」

「それはっ……!」

「俺だけじゃないよ。涼音は夢渡りで周りにいる子たちの悩みを知って、彼らを励ましていたでしょう? 今君が死んだら、その子たちのことだって悲しませてしまうんだよ?」