「佐保に嫌なことをしてくるの?」

「ううん、二人はすごくいい人たちだよ。だけど突然現れたあの人たちを、私はどうしても家族だとは思えないの。それに比べて小さい妹はもう、私のお母さんのことをママって呼んで、かわいがられてて」

なるほど。まだ家族だとは思えない人たちと暮らす家は、ひどく居心地が悪かっただろう。
それに加えて、佐保は唯一の肉親である母親の関心を幼い妹に奪われてしまっていたのだ。
彼女のことだから家族の輪を乱すことはできず、ずっと本音を言えずに一人で寂しい思いを抱えていたはず。

「誰も悪いことなんてしてないのに、私って心が狭いよね」

「そんなことない! 佐保の気持ちもすごく分かるし、辛くなって当然だよ」

むしろそんな状況にあったのなら、もっと早く私に言ってくれればよかったのに。
けれど自分より他人を気遣ってしまう佐保が、私に心配をかけるようなことを言うはずがない。
だから親友である私が、彼女の苦しみに気づいてあげるべきだったんだ。

佐保の目の縁に溜まっていた涙が、ぼろぼろと溢れ出す。
その涙を手で拭ってから、私は佐保の体を抱きしめた。

「ねぇ。このまま私の家においでよ。佐保なら私の家族だって歓迎するし」

「そういうわけにはいかないよ。すずの家、お兄さんも受験生でしょう? いろいろ大変なときに、私のことで迷惑かけられない」

「あのねぇ、そんなのぜんぜん迷惑じゃないから! 佐保が悲しい思いをしてるかもしれないことの方が私は辛いんだよ?」

親友なのに、ずっとその心の痛みに気づいてあげられなくてごめん。
心細い思いをさせてしまった分、これからはずっと私が佐保のそばにいたい。
しかしそんな私の思いに対して、佐保はやはり首を振って拒絶した。

「ありがとう、すず。でも大丈夫」

「佐保――」

「すずに打ち明けられてすっきりできたから。変なこと言ってごめんね」

何事もなかったかのようにもう一度笑顔をつくる佐保に、私は自分の無力感を呪った。
どうして私はいつも佐保の力になれないんだろう。
私が佐保みたいに人の気持ちに敏感で、変化を察してあげることができる人間だったなら、佐保だって少しは私を頼ってくれたかもしれないのに。

自分で自分を奮い立たせ、再び歩き出そうとする佐保の腕をとっさに掴む。
そんな私の行動に驚いたらしい佐保は、目を丸くして振り返った。

「じゃ、じゃあさ、今日はもう少しだけ羽を伸ばそうよ。私、夏にできた駅前のジェラート屋さんに行ってみたかったんだよね」

「こんな寒い日にジェラート?」

「真冬に冷たいものを食べるのも、たまにはいいじゃん」

それは佐保を引き止めるために適当に思いついた言葉だった。
けれどそれから私たちは本当にジェラートを食べに行ったのだ。
二人して同じカシスのジェラートを注文して、当たり前に寒い寒いと言いながら食べて、なぜだかそれがおかしくて笑って。
適当に吐いた言葉だったけれど、久しぶりに見れた佐保の本当の笑顔が嬉しくて。
それなのに……――。

「その日の夜、佐保はなぜか近所の歩道橋から転落して死んでしまったの。事故か自殺かは分からないって言われてるけど、たぶん……」

「待って。だとしたら、どうして涼音が佐保ちゃんを殺しただなんて言うの」

「私が殺したも同然だからだよ」