それにしても不思議な体験をさせてもらった。
夢の世界というものは私が考えていたよりもずっと自由自在であるらしい。
まだドキドキと動く心臓を服の上から押さえていると、打って変わって綺世が真剣な眼差しをこちらに向けた。

「さっき涼音と俺の夢を繋ぐ路に、光る鱗粉を落としてきた。今度からそれが目印になってくれると思う」

「目印?」

「うん。夢渡りをしそうになったらその目印を探して、蝶を追いかけたときみたいに意識を集中させるんだ」

今後は今までのように流されるまま漂うのではなく、先ほどのように意識を集中し、目印を辿って綺世の夢の中まで行く。
つまりそれが夢渡りをコントロールするということなのだろう。

「行き先が俺の夢だけになれば迷子になることもない。最初は難しいかもしれないけど、頑張ってコントロールするんだよ」

「うん、分かった」

潔く返事をすると、綺世は微笑みながら頷き、それから私の右手を取った。

「コントロールさえできるようになれば夢の世界はわりと楽しい。深く入れ込みすぎるのも危険だけど、ほどよく力をつければいい気分転換になるんだ」

綺世に手を取られたまま、二人で校舎の窓から飛び降りる。
普通だったら真っ逆さまに落ちてしまうところが、夢の中にいる私たちはそのまま空中を歩くことができた。
足元はふわふわとしているのに、力強く空中を蹴ればいとも簡単に体が浮き上がる。
初めての感覚に面白さを感じていると、隣を歩く綺世も高らかに笑った。

「無意識に夢渡りができるくらいだから素質はあると思ってたけど、涼音は思った以上に夢の世界への順応性が高いみたいだね」

「そうなの?」

「うん。初めてでここまで溶け込めるのはすごいよ」

それなら私も力をつければ、綺世のように自分の夢を操ることができるようになるのだろうか。
思わぬ可能性に好奇心が刺激され、胸が弾む。
夢渡りなんて能力があっても不幸でしかないと思っていたけれど、自分の夢を操ることができるならぜひともやってみたい。
そうしたらいくらでも素敵な夢を見られるということではないか。

意気揚々としながら眼下にいつもの通学路を見下ろし、しばらくのあいだ空中散歩を楽しむ。
そして最寄りの駅前付近にきたところで着地をすると、私たちは誰もいない街並みを歩き始めた。
いつも眺めているはずの街の景色も、人気がないというだけでどこか幻想的に見えるのだから不思議だ。
そわそわとしながら辺りを見回していると、急に綺世が「涼音」と呼んだ。

「どうかした?」

「涼音は今、俺の手を握っている感触はあるよね?」

「もちろん」

「つまり視覚聴覚触覚は問題ないし、さっき薔薇の匂いを感じたなら嗅覚も働いている。五感のうち、残る味覚もあるのか試してみたくない?」

綺世が企み顔で提案する。
言われてみれば、これほど非現実的な世界にいるのに妙な現実感があるのは、おそらく五感が働いているせいなのだ。
たしかに味覚も備わってたらすごいなぁと思っていると、綺世がひらめいた様子で道路の向こうを指差した。

「あそこのジェラート屋って人気なんだよね。味を感じるか試してみる?」

そう言うや否や、綺世はその場にポンとおしゃれなジェラートを出現させてみせた。