光る蝶たちは私を誘い出すように舞うと、それからどこかへ向かって飛んでいった。
ああ、待って。
私を置いていかないで……!

「涼音、大丈夫?」

「んん……?」

なにやら遠くで綺世の声がして目を開ける。
するとまだぼんやりとする視界の中に、心配そうに私を見下ろす彼の顔が映った。
そのままのろのろと起き上がり、靄のかかったような思考で状況を探る。
あれ、待って。私はさっきまで、光る蝶を追いかけていたはずだけれど。

「ここは、どこ……? 蝶は……?」

「ここは俺の夢の中。あの蝶たちは俺の別の姿だよ。けっこう綺麗だったでしょう?」

「あの蝶が綺世……?」

「うん。涼音が意識だけで蝶の俺を追っていた路が“夢の通い路”なんだ。無事にここまで辿り着いてくれて嬉しいよ」

どうやら綺世は蝶になって、私を彼の夢の中へと案内してくれたらしい。
訳が分からない話けれど、すべては夢の世界のことだと言われたら納得するしかないだろう。
寝ぼけた目で辺りを見渡せば、何もない、ひたすらに真っ白な世界が広がっている。
ここが、綺世の夢の世界。
その無機質な白い空間に薄ら寒いものを感じて、私は思わず身震いをした。

「涼音は明晰夢(めいせきむ)というものを知っている?」

するとしゃがんで笑みを浮かべていた綺世が、私に唐突な質問をした。
明晰夢って、たしか。

「夢を見ながらそれが夢だと分かる夢のことだっけ」

「そう。その能力を極めると、俺のように自由自在に夢を操ることができるんだ」

そう言われても、もはや何が何やらさっぱり分からない。
頭にはてなを浮かべる私を見て、綺世が愉快そうに立ち上がる。
そして「女の子はこういうのが好きかな」と呟くと、彼は指をパチンと鳴らし、見た方が早いとでも言うかのように辺り一帯をたくさんの薔薇が咲き誇る花園へと変えた。

「わ、綺麗……」

すごい、まるで本物の薔薇園の中に紛れ込んだみたいだ。
目にも鮮やかな色とりどりの薔薇の花からは、生花独特の甘い香りまで漂ってくる。
本当に夢かと疑うような感覚に、夢を操るというのはこんなことまでできてしまうものなのかと驚いてしまう。

「それともこんなのとか」

綺世がもう一度指を鳴らすと、今度は青い空とその空を映した広大な湖が目の前に広がった。
まるで天空の鏡のような景色は、海外の有名な絶景に似ていて、湖面にはきちんと私の姿も映り込んでいる。

「こんなのはどう?」

「わわっ」

さらに綺世が指を鳴らすと、私の体はふわりと浮かび上がり、いつの間にか宇宙空間へと放り出されていた。
しかし本物の宇宙とは違い、普通に呼吸をすることができる。
なんだこれ、すごすぎやしないか。
無数の星や大きな銀河を360度に見渡しながら、あまりのことに言葉すら失っていると、同じく無重力に身を預けていた綺世が不敵に笑った。

「どう? ちょっとは夢喰いを見直した?」

どうやら私が“案外普通”と言ったことを根に持っていたらしい。
「夢喰いってすごいんだね」と考えを改めて褒めると、綺世は得意げに腕を組み、それから最後にもうひとつ指を鳴らした。
途端に景色がいつもの教室へと変わり、ゆっくりと地面に足が着く。
先ほどまでの非現実的な世界も楽しかったけれど、やはり見慣れた景色には安心感があった。