しれっとした顔で放たれた綺世の言葉にハッとする。
そうだ、他人が抱えている事情もその重さも本人にしか分からない。
そんなこと、私は痛いほど知っているはずなのに、自分の価値観だけで彼を非難してしまうなんて。
「そうだよね。ごめん、私が間違ってた」
「えっ、やだな。そんなに悪く思わないでよ。俺が女の子のことを好きなのは事実だし、涼音がそういうことを嫌がる気持ちも分かるから」
私とは真逆の様子でなんの気なしに笑った綺世は、それから軽快にベッドから降りた。
「それに恋人ができたことない涼音には、ちょっと刺激が強いだろうしね」
「ど、どうしてそんなこと知ってるの!?」
「あ、図星だった?」
「ちょっと! 鎌かけるのやめてよね!」
「ははっ、しょうがない。俺はイスに座るから、さっきも言ったとおり手だけは繋いでおいてね」
「分かった……ありがとう」
やれやれと芝居がかったため息を吐いて、綺世がそばに置いてあったスチールの折りたたみイスに腰を下ろす。
そして上半身だけをベッドに預けると、だらんと垂らしていた私の手を優しく握った。
いよいよこのときが来たのかと、思わず体に力が入る。
「さぁ、瞼を閉じて」
「私、ちゃんと眠れるかな……?」
「心配しないで大丈夫だよ。リラックスして、ゆっくりと呼吸をするんだ」
「う、うん」
「それじゃあ二人で夢の世界へ行こうか」
そっと囁かれた綺世の声は、まるで魔法のように私に眠気をもたらすようだった。
言われたとおりにゆっくりと呼吸をし、徐々に体の力を抜いていく。
するといつもはどうしたって開けてしまう瞼が、やけに重たく感じるような気がした。
深い沼に沈んでいくような気怠さが全身を包んで、意識がどこか遠くへと離れていく。
ああ、そうだ。眠りに落ちるのって、こんな感じだったっけ。
久しぶりに味わう感覚を心地よく思いながら、その睡魔に大人しく身を委ねる。
このまま目をつむっていれば、夢の世界へいけるのだろう。
けれどもそう意識した途端、私の心臓はどくりと嫌な音を立てた。
――怖い、怖い。
――眠るのは、怖い。
――私がのんきに眠っているあいだに、世界が変わってしまう……!
私の不眠症の原因である、睡眠に対する恐怖心。
夜毎感じているそれが、またしても私の心を支配していく。
――やっぱり無理だ。怖い、助けて……!
恐ろしさから、たまらず目を開けることを決意する。
しかし完全に眠りに落ちた体の方は、もはや瞼すらも動かすことができなかった。
意識と体がちぐはぐになり、どうすることもできない状態に呆然とする。
――私、いったいどうなってしまうの。
まるで見知らぬ異世界に放り出されたような不安の中、必死によすがを求めて意識をさまよわせる。
すると突然、真っ暗な視界の奥にちらちらとした光が見えた。
かと思えば次の瞬間、その光は群れを成すようにしてたちまち私の目の前を飛び交ったのだった。
「蝶……?」
光の渦のように見えたそれは、おびただしい数の蝶の形をしていた。
ひとつひとつが淡い光を帯びていて、その姿を素直に美しい思う。
そうだ、他人が抱えている事情もその重さも本人にしか分からない。
そんなこと、私は痛いほど知っているはずなのに、自分の価値観だけで彼を非難してしまうなんて。
「そうだよね。ごめん、私が間違ってた」
「えっ、やだな。そんなに悪く思わないでよ。俺が女の子のことを好きなのは事実だし、涼音がそういうことを嫌がる気持ちも分かるから」
私とは真逆の様子でなんの気なしに笑った綺世は、それから軽快にベッドから降りた。
「それに恋人ができたことない涼音には、ちょっと刺激が強いだろうしね」
「ど、どうしてそんなこと知ってるの!?」
「あ、図星だった?」
「ちょっと! 鎌かけるのやめてよね!」
「ははっ、しょうがない。俺はイスに座るから、さっきも言ったとおり手だけは繋いでおいてね」
「分かった……ありがとう」
やれやれと芝居がかったため息を吐いて、綺世がそばに置いてあったスチールの折りたたみイスに腰を下ろす。
そして上半身だけをベッドに預けると、だらんと垂らしていた私の手を優しく握った。
いよいよこのときが来たのかと、思わず体に力が入る。
「さぁ、瞼を閉じて」
「私、ちゃんと眠れるかな……?」
「心配しないで大丈夫だよ。リラックスして、ゆっくりと呼吸をするんだ」
「う、うん」
「それじゃあ二人で夢の世界へ行こうか」
そっと囁かれた綺世の声は、まるで魔法のように私に眠気をもたらすようだった。
言われたとおりにゆっくりと呼吸をし、徐々に体の力を抜いていく。
するといつもはどうしたって開けてしまう瞼が、やけに重たく感じるような気がした。
深い沼に沈んでいくような気怠さが全身を包んで、意識がどこか遠くへと離れていく。
ああ、そうだ。眠りに落ちるのって、こんな感じだったっけ。
久しぶりに味わう感覚を心地よく思いながら、その睡魔に大人しく身を委ねる。
このまま目をつむっていれば、夢の世界へいけるのだろう。
けれどもそう意識した途端、私の心臓はどくりと嫌な音を立てた。
――怖い、怖い。
――眠るのは、怖い。
――私がのんきに眠っているあいだに、世界が変わってしまう……!
私の不眠症の原因である、睡眠に対する恐怖心。
夜毎感じているそれが、またしても私の心を支配していく。
――やっぱり無理だ。怖い、助けて……!
恐ろしさから、たまらず目を開けることを決意する。
しかし完全に眠りに落ちた体の方は、もはや瞼すらも動かすことができなかった。
意識と体がちぐはぐになり、どうすることもできない状態に呆然とする。
――私、いったいどうなってしまうの。
まるで見知らぬ異世界に放り出されたような不安の中、必死によすがを求めて意識をさまよわせる。
すると突然、真っ暗な視界の奥にちらちらとした光が見えた。
かと思えば次の瞬間、その光は群れを成すようにしてたちまち私の目の前を飛び交ったのだった。
「蝶……?」
光の渦のように見えたそれは、おびただしい数の蝶の形をしていた。
ひとつひとつが淡い光を帯びていて、その姿を素直に美しい思う。