口紅は唇を彩るもの、マスカラは睫毛を伸ばすもののはずだ。
なるほど、ポイントメイクとは読んで字のごとく、細かな部位ごとに化粧を施すものなのだろう。
それからも先輩はいちいち動作を言葉で説明してくれた。
肌の次は頬やまぶた、まつ毛と、着々と手を加えられていく。

正直に言えば、怖くないわけではない。
下手な女装のようになるのではないかと思うが、そうなればさすがの彼女も諦めてくれるだろう。
そんなことを、今さらながらに考えていると。

「最後はオレンジのグロスね。これで唇がきらきらして、もっとかわいくなるの。……はい、完成!」

「終わりですか?」

「うん。おつかれさま」

作業を始めてから20分くらいが経っただろうか。
お化粧とは結構な手順と時間がかかるものなのだなと思っていると、先輩が誇らしげな顔をしてこちらを見た。

「ふふ、私の見込みどおり。いや、これは見込み以上の出来って言ってもいいかも」

「あの……」

「そうだった! 鏡、鏡! ほら、あなたも見て!」

結局どんなふうになってしまったのかとそわそわしていると、先輩は私の気持ちを察して、そばにあった棚から鏡を取り出してくれた。
左右に開くタイプの大きなそれが、ゆっくりと私の姿を映し出す。

「どう? 少しナチュラルすぎたかな?」

目の前の鏡に映った像。
それは紛れもなく私だった。
その証拠に、私が瞬きをするたび、鏡の中の私も同時に瞬きをする。
けれど先ほどの私とは明らかに違っていた。

バスケのことを思い出すたびに泣き濡れていた目は、長くなったまつげのおかげか、大きくぱっちりと開かれている。
頬や唇にも健康的な色が乗り、入院生活のせいでやつれてしまった印象をかき消してくれていた。
それより、何より。

「きらきらしてる……」

上手くは言えないけれど、あのかわいらしさのかけらもない顔が、今はきらきらとして見えるのだ。

「何をどうしたんですか……? どうやったら私の顔がっ……!?」

「ふふっ、いい反応!」

不恰好に取り乱せば、先輩は当然だとばかりに腰に両手を当てながら胸を反らした。
しかし彼女には元々自信があったようだが、当の私にはこれっぽっちもなかったのだ。
もう一度、鏡に映る自分を見つめて息を漏らす。

「魔法だ……」

そうだ、これは魔法だ。
でなければ、こんなことありえないでしょう……?

「おっ、いいね。まさしく私って、シンデレラを変身させる魔法使いみたいだ」

魔法という言葉に反応した先輩は、私のすぐ後ろに立ったかと思うと、鏡越しに目を合わせてくれた。
自信に溢れて輝いている彼女の瞳。
そんな瞳が、鏡に映る私を見つめている。
その言い知れない視線の強さに、自分が魅了されていくのが分かった。

「でも私は本当に魔法が使えるわけじゃないでしょう? ただ、あなたの元々持っている素質を伸ばしただけ」

「私に、素質が……?」

「もちろん。綺麗になる素質は誰にだってあるんだよ。特にあなたはこの私が惚れた逸材なんだから、自信を持って?」