「さ、先に言われた……」

「いいだろ? だって俺の方が先に惚れたんだから」

いたずらっぽく笑われて、「返事は?」と問われる。
私の答えはもうとっくの昔に決まっていて、間髪入れずに大きく頷いた。

「私も先輩のことが大好きです。ずっと私だけを見ててほしいんです!」

「俺は初めて出会った日から、礼のことしか見えてないよ」

思い余って額同士をくっつけながら笑い合う。
お互いに気恥ずかしくなりながらも、心が通じたことが嬉しくて止められない。
こんなにも幸せなことがあっていいのだろうか。
今なら空だって飛べてしまいそうだと馬鹿なことを考えていると、すぐそばで見つめ合う先輩が私を気遣わしげに見上げた。

「俺が帰ってくるのを待っていてくれるか?」

いつになく不安な響きをまとった問いかけ。
置いていく彼の方にだって思うところはたくさんあるのだろう。
そのことに気づいたものの、しかし私は容赦なく首を振った。

「待ちません」

「そこはせめてオブラートに包んで言ってもらいたかったな……」

「待ちませんよ。だって先輩が進んでいくのに、私ばかりが待っていられないでしょう?」

にっと不敵に微笑んで私を見て、先輩が大きな目を見張る。
不安をかき消せるようにおどけたつもりだったけれど、それはけして出まかせで言った言葉ではなかった。
先輩の成長に負けるつもりなんかない。
私はこれからも自分にできることを全力で全うするつもりだ。
いつか先輩が帰ってきたとき、再び胸を張って彼のとなりに並べるように。

「近くで見ていてもらえなくても、いつか私の評判がアメリカまで届くように頑張ります」

「強くなったな」

「先輩が私を強くしてくれたんです」

一生刻みついて忘れないでほしい。
あなたがいるから、私がこうしてここにいるということ。

「約束ですよ。いつか二人で大きなランウェイを歩いて、たくさんの人たちを魅了させましょう」

「ああ、もちろん。俺も負けないからな」

穏やかな返事が耳に届いてそっと胸を撫で下ろす。
しかしそれと同時に、なぜか先輩の影が私に重なるのが分かった。
そのまま距離を詰められ、やがてくちびるに仄かな温度と感触が乗る。
キスをされたと気づいたときにはもうすでに彼は離れており、顔を真っ赤に染めた私を見てケラケラと笑った。

「なっ、あっ、今の……!」

「俺様を狼狽えさせるなんて十年早いんだよ」

どうやら私に感情を振り回されたことが気に入らなかったらしい。
負けず嫌いな先輩らしい溜飲の下げ方に、悔しさと嬉しさと恥ずかしさで頭が爆発しそうになる。
ほんと、この人にはいつまで経っても敵わない。
幸せな敗北を感じながら佇んでいると、七海先輩はいつものように私を「礼」と呼んだ。

「これからも一緒に、同じ景色を見に行こう」



翌日になると、ついに芹沢響さんの新曲が満を持して発売された。
それと同時に今まで伏せられていた私の情報も解禁され、所属プロダクションのホームページに名前と写真が掲載される。
その情報は瞬く間に飛び回り、ワイドショーやネットニュースにも取り上げられ、空前の話題として取り上げられた。