未来のために必要な別れならば、どんなに苦しくても耐えてみせよう。
先輩が思い残すことなく旅立つことができるように、強くなった自分を見せることが、私の考えた彼への恩返しだった。
そのためにも最後に気弱な自分の姿ばかり見せるわけにはいかず、泣き腫らした目元に力を入れながら彼の手を取る。

「辛いことがあったら私を思い出してください。私も先輩のことを思って頑張りますから。離れていたって心はひとつです」

「ああ。心強いよ」

繋いだ手をぎゅっと握り返して、先輩が美しく微笑む。

「礼。俺と出会ってくれて、本当にありがとう」

そんなの、こちらが言わなければいけないセリフだろう。
あなたと出会わなければ、きっと私はただの弱虫な木偶の坊のままだった。
先輩の存在が、私を丸ごと変えてくれたのだ。

好きだ。
私は七海先輩のことが好きだ。
憧れも愛しさもすべて含めて好きなのだ。
抱えきれなくなった想いが決壊するかのように溢れ、体の芯を甘く痺れさせる。
とびきり素敵な魔法使いは、最後に王子様に変身して、私に魔法をかけた。
永遠に解けない、恋の魔法を。

「先輩。あの、私、先輩のこと――」

「待って」

しかし思い切って告げようとした言葉は、くちびるに先輩の人差し指を当てられたことで止められてしまった。
何事かと混乱する私をよそに、ゆっくりと近づいてきた彼が私を包み込むように腕を伸ばす。

「先輩!?」

「じっとしててくれ」

唐突に抱きしめられるのかと思いきや、どうやら違うようだ。
先輩は私の首の後ろに手を回し、チャリチャリとした音を立てて何かをしている。
それにしても、彼はまた身長が伸びたのだろうか。
もうほとんど変わらなくなった背丈のせいで、頬同士が触れそうになり、心臓が壊れそうなほどにドキドキと高鳴る。
そのままどうすることもできずに体を固くしていると、やがて離れていった先輩の代わりに、私の首元にかすかな重みが乗った。

「これって」

「パリに行ったとき、最後にこっそり買ってたんだ。ほら、おそろい」

先輩が私につけてくれたのは、彼の首元で光るものと同じデザインのネックレスだった。
ユニセックスなデザインのシルバーアクセサリーは、シンプルで上品な艶がある。
いわゆるペアネックレスというものだろう。

「綺麗……」

「ずっと渡したかったんだけど、これから留学するっていうのに、こんなもので礼を縛りつけるようなことをしていいのか不安だった」

それはどう言う意味なのだろう。
話が飲み込めずぽかんとしていると、先輩は苦しそうに歪めた表情を一変させ、真剣な眼差しで私を見つめた。

「でも、やっぱり抑えられない。だからもうはっきり言う」

「七海、先輩――」

「俺は礼が好きだ。後輩としての礼も、モデルとしての礼も好きだけど、俺は一人の女の子として礼が好きなんだ」

“好き”と発せられた先輩の声が、静かに辺りへと響く。
その意味を一瞬遅れてから理解すると、彼の言葉は彩を持って私の胸に深く突き刺さった。
え、待って、今、先輩は私のことを好きだと言った……?
まさか彼の方から告白をされるとは思っておらず、口をはくはくと動かしながら何度もまばたきをする。