「いい気は……しないと思います」

「と言うと?」

「私はずっと先輩の横に並んでいたいんです。この場所は誰にも譲りたくない。それに先輩には私だけを見ていてほしいし、先輩の気持ちだって全部ほしい」

口にしてみればとてもわがままで尊大なことを言っていることに気づいて、私は自分自身に驚いていた。
いつの間に先輩へ向ける感情がこんなにも大きくて重たくなったのだろう。
初めは純粋な憧れだけしかなかったはずなのに。

「それってもう恋じゃん」

呆れたように笑う美亜さんを見て、私はぱちくりとまばたきをした。

「恋って、こんなに苦しくてかっこわるいものですか」

「そうだよ。いろんな形があると思うけど、別にぜんぜん綺麗な気持ちなんかじゃないよ」

そっか、そうなんだ。
どうやら私は先輩に恋をしているらしい。
ずっと認められずに宙に浮いていた気持ちは、なぜか人に指摘されただけで、私の中にすとんと収まっていた。
先輩の姿が急に頭に浮かんきて、いつものように私に優しく笑いかける。
その笑みは恋心を自覚した途端、厄介なほどに私の顔を熱くさせた。

「モデルにとって恋はいいものだよ? 表現に艶や幅が出るからね」

軽やかにウインクをした美亜さんが、私の両手を取って強く握る。

「一人で抱えきれないくらい大きな想いなら、離れ離れになる前にいっそ、彼に伝えてみたら楽になるんじゃないかな?」

「でっ、でもそんなの先輩に迷惑だと思いますし」

「彼は礼ちゃんの気持ちを迷惑に思うような人なの?」

先輩の人格を問われて、私はゆるゆると首を振った。
彼は私が突拍子もなく告白をしたって、きっと優しく受け止めてくれる、そういう人だ。

「まぁ告白するかは礼ちゃんの自由だけど、自分の気持ちを大事にして、後悔しない選択ができるといいね」

美亜さんに励まされ、私はゆっくりと頷いた。
うん、こうして落ち込んだり悲しんだりしてばかりいたってしょうがない。
とにかく残された時間でたくさん考えて、美亜さんの言うように後悔しない選択ができるようにしよう。

彼女のおかげで気持ちが切り替えられた私は、再びレッスンへと戻ることができた。
苦手なウォーキングの練習も無事に終えられ、疲れた体で帰路につく。
その帰り道、「彼に伝えてみたら」という美亜さんの言葉を思い出して、私は一人で先輩に告白をする瞬間を想像をしていた。

「好きです」

小さく呟いた声は、誰の耳にも届かずに儚く消えていく。
けれどたったそれだけのことで、私の中の想いがより確かなものになっていった。

うん、好きだ。
私は先輩のことが好きだ。
いつだって先輩に笑ってもらいたいし、褒めてもらいたいし、触れてもらいたい。
先輩じゃなくてはいやだ。
それに先輩にだって、ずっと私を見つめてもらいたい。
好きだ、好きだ。
いろんな気持ちを含めて、私は彼に恋をしている。

この気持ちを打ち明けたら、先輩は驚くだろうか、喜ぶだろうか、それとも困ってしまうだろうか。
それはわからないけれど、ただ、「好きです」と告げたときの彼の表情を見てみたいと思った。



「礼、おはよう」

「あ、おはよう和奏」

「よかった。今日は少し調子がいいみたいね」