七海先輩から話を聞いた数日後。
留学が本格的に決まったと彼から聞いて、私の漠然とした寂しさは日に日に現実味を帯びながら増していっていた。
気がつけば口から溜息がこぼれ、何も手につかない自分に呆れてしまう。
お世話になった先輩に恩返しだってしたいのに、それすら何も思いつかない。
私がこんな調子では、きっと先輩だって心置きなく旅立つことなどできないだろう。
それでも切り替えることのできない自分に苛立ちながら、私はずっとぼんやりとした日常を送っていた。
「礼ちゃん、今日は心ここに在らずって感じだね」
突然座り込んでいた私の頭上からぱっちりとした目に覗き込まれ、ハッと我に返る。
いけない、今は美亜さんと一緒に事務所でウォーキングのレッスン中だったのだ。
こんなふうにどこかへトリップしている場合ではないのに。
心配そうな彼女の目に慌てて姿勢を正し、頭を下げる。
「す、すみません、レッスン中なのに私……!」
「人間なんだからそんなときだってあるよ。ちょうどいい時間だから少し休憩を入れてもらおうか」
美亜さんの提案に情けなくなりながらおずおずと頷く。
しまった、やってしまった。
いくら悲しいことがあったとしても、今は仕事の時間なのだ。
プロの世界では、いくら未成年といえど気を抜いてなどいけないし、しっかりと役割りを務め上げなければならない。
自分の甘い心に活を入れるように、頬を叩いて気合いを入れ直す。
「美亜さん、さっきは本当にすみませんでした」
「大丈夫大丈夫。どうしたの? 悩みがあるならお姉さんが聞いてあげるよ?」
二人でミネラルウォーターを飲みながら休憩していると、美亜さんが大らかな笑顔で私にぐいと迫った。
彼女は美しくプロ意識の高いモデルのときの顔とは異なり、普段は人懐っこくて面倒見のいい性格をしているのだ。
モデル部門でたった一人の先輩でもある彼女のことを、私は心から尊敬して慕っていた。
「えっと、その、実は……」
そんな美亜さんの優しさに寄りかかるように、私は七海先輩のことや自分の抱える気持ちを一から十まで打ち明けていった。
取り留めなく語られる私の下手な話を、彼女は相槌を打ちながら熱心に聞いてくれる。
寂しく苦しい想いを存分に吐き出すと、ずっと沈んでいた心が瞬く間に軽くなったような気がした。
「すごいね、その彼」
「はい。七海先輩は本当に私の憧れなんです」
先輩のきらきらとしたあの姿が頭に浮かび、それだけで胸が締めつけられる。
もう本当に自分がどうしようもなくて、私は思わず天井を仰いだ。
「彼氏と離れ離れになるんだもん。寂しくなって当然だよ」
「かっ、彼氏じゃないです! 先輩です!」
「そうなの? でも礼ちゃんは彼のことが好きなんでしょう?」
美亜さんから放たれた“好き”という単語。
その単語の意味を考えて、私は歯切れ悪く「好きは好きですけど」と答えた。
「でもそれはたぶん、尊敬とか憧れとか、そういう種類もので」
「じゃあ今この瞬間、彼が別の人と仲良くしていたらどう思う?」
「別の人……?」
「そう。たとえば彼に恋人ができたとしたら、礼ちゃんは素直に喜べる?」
綺麗な形をした猫目にまじまじと見つめられ、うっと息が詰まる。
たとえば先輩に恋人ができたとしたら、私は。
留学が本格的に決まったと彼から聞いて、私の漠然とした寂しさは日に日に現実味を帯びながら増していっていた。
気がつけば口から溜息がこぼれ、何も手につかない自分に呆れてしまう。
お世話になった先輩に恩返しだってしたいのに、それすら何も思いつかない。
私がこんな調子では、きっと先輩だって心置きなく旅立つことなどできないだろう。
それでも切り替えることのできない自分に苛立ちながら、私はずっとぼんやりとした日常を送っていた。
「礼ちゃん、今日は心ここに在らずって感じだね」
突然座り込んでいた私の頭上からぱっちりとした目に覗き込まれ、ハッと我に返る。
いけない、今は美亜さんと一緒に事務所でウォーキングのレッスン中だったのだ。
こんなふうにどこかへトリップしている場合ではないのに。
心配そうな彼女の目に慌てて姿勢を正し、頭を下げる。
「す、すみません、レッスン中なのに私……!」
「人間なんだからそんなときだってあるよ。ちょうどいい時間だから少し休憩を入れてもらおうか」
美亜さんの提案に情けなくなりながらおずおずと頷く。
しまった、やってしまった。
いくら悲しいことがあったとしても、今は仕事の時間なのだ。
プロの世界では、いくら未成年といえど気を抜いてなどいけないし、しっかりと役割りを務め上げなければならない。
自分の甘い心に活を入れるように、頬を叩いて気合いを入れ直す。
「美亜さん、さっきは本当にすみませんでした」
「大丈夫大丈夫。どうしたの? 悩みがあるならお姉さんが聞いてあげるよ?」
二人でミネラルウォーターを飲みながら休憩していると、美亜さんが大らかな笑顔で私にぐいと迫った。
彼女は美しくプロ意識の高いモデルのときの顔とは異なり、普段は人懐っこくて面倒見のいい性格をしているのだ。
モデル部門でたった一人の先輩でもある彼女のことを、私は心から尊敬して慕っていた。
「えっと、その、実は……」
そんな美亜さんの優しさに寄りかかるように、私は七海先輩のことや自分の抱える気持ちを一から十まで打ち明けていった。
取り留めなく語られる私の下手な話を、彼女は相槌を打ちながら熱心に聞いてくれる。
寂しく苦しい想いを存分に吐き出すと、ずっと沈んでいた心が瞬く間に軽くなったような気がした。
「すごいね、その彼」
「はい。七海先輩は本当に私の憧れなんです」
先輩のきらきらとしたあの姿が頭に浮かび、それだけで胸が締めつけられる。
もう本当に自分がどうしようもなくて、私は思わず天井を仰いだ。
「彼氏と離れ離れになるんだもん。寂しくなって当然だよ」
「かっ、彼氏じゃないです! 先輩です!」
「そうなの? でも礼ちゃんは彼のことが好きなんでしょう?」
美亜さんから放たれた“好き”という単語。
その単語の意味を考えて、私は歯切れ悪く「好きは好きですけど」と答えた。
「でもそれはたぶん、尊敬とか憧れとか、そういう種類もので」
「じゃあ今この瞬間、彼が別の人と仲良くしていたらどう思う?」
「別の人……?」
「そう。たとえば彼に恋人ができたとしたら、礼ちゃんは素直に喜べる?」
綺麗な形をした猫目にまじまじと見つめられ、うっと息が詰まる。
たとえば先輩に恋人ができたとしたら、私は。