「背が伸びたせいで今までの格好が似合わなくなるから落ち込んでるのかと思ったんだけど、そうではないのね?」

「はぁ? なんのことだ? 成長期ごときで俺様の美しさが左右されるわけないだろ。俺は死ぬまで己の最高を更新し続ける自信がある」

胸に拳を当て、けろっとした調子でいつもの先輩節を披露した彼は、まったくもって何かに悩んでいる様子はなかった。
どうやら私はとんだ勘違いをしてしまっていたらしい。

「はいはい、そうですかそうですか。礼、こんな自信家の心配なんてしなくても大丈夫よ。こいつは何があったって生きていけるわ」

「心配? なぁ、さっきからどういうことだよ、礼」

不可解そうな先輩の視線が私へと向く。
穴があったら入りたいような恥ずかしさを感じながら、私はおずおずと打ち明けた。

「あの、成長期が発覚してから先輩は何かに悩んでいる様子だったので、和奏に相談してたんです。私の気のせいだったみたいですけど」

私の話を聞いた先輩が静かに口を閉ざす。
見当違いなことを並べて何を言っているのかと呆れているのだろう。
本当にもう、この一週間一人で心配して空回っていたのが馬鹿みたいだ。
体を縮こませてギュッと目をつむっていると、ふいになぜか頭を撫でられた感触がした。
おそるおそる顔を上げれば、優しく微笑みながら私を宥める先輩が視界に映る。

「いや、悩みがあったのは本当だよ。まさか礼に気づかれてたとは思わなかったけど」

「えっ? やっぱり何かに悩んでたんですか……?」

「ああ。進路のことでちょっとな」

先輩の手が私の頭から離れていく。
その手を名残惜しく思っていると、彼は居住まいを正して真剣な顔をした。

「礼もレッスンで忙しいときだったし、余計な心配をかけたくなかったから言わなかったんだ。そのときにちょうど成長期も重なって、なんか大人になるのを急かされてるみたいに思えてさ。それで暗い顔でもしてたのかも」

「進路、ですか」

「うん。俺、実は海外留学を考えてて」

「留学!?」

予想だにしてなかった単語に頭が着いていかなくなる。

「そ、それは、卒業してからの話ですか?」

「いや、夏休み前から話をもらってて、9月には向こうに行くはずだったんだ。今も覚悟が決まったらすぐにでもって言われてる」

「ずいぶん急な話ね。行き先は?」

「アメリカ」

「アメリカ……」

どうしよう、まるで現実味がわかない。
先輩が海の向こうの遠い国に行ってしまうかもしれないなんて。
詳しく話を聞くと、留学の話はMV撮影のときに出会った日比谷さんが関わっているようだった。
彼の知り合いにハリウッドでメイクの仕事に携わってる日本人の方がおり、日比谷さんは七海先輩のことを紹介してくれたらしい。
先輩の才能と実力を評価したその方が、向こうで開いているヘアメイクの学校へ進学しないかと誘ってくれたというわけだ。
しかも授業料の免除など、特待生として扱ってくれるそうなのだから、先輩はそうとう期待されているのだろう。

「すごい話ですね」

「ええ。何を迷ってるのよ」

「そりゃあ俺だって、いずれは海外で仕事をしたいんだから、ありがたい話だと思ったよ。でも留学は高校卒業して、専門学校も出て、日本でキャリアを積んでからのことだって考えてたんだ」