なんだろう、先輩のこの表情、確か前にも見たことがある。

「いつものことだから、俺も“まぁな”って笑って返したんだけど、そしたらそのとき、彼女が泣いちゃったんだ」

そう思って記憶の中を探そうとしていると、あまりにも後悔が滲んだ先輩の声が聞こえて、私は息を呑んだ。

「ずっと傷つけてたこと、ぜんぜん気づかなかった。当たり前だよな。いくら明るい子だからって、からかわれて嬉しかったはずがない。それでもずっと空気を悪くしないようにって耐えてたんだ」

……ああ、そうだ。
私が昔、同級生の男の子にからかわれていた話をしたとき、先輩は今と同じ表情をしたのだ。
きっと先輩は付き合っていた彼女と私を重ねて、過去の後悔を思い出していたのだろう。
苦痛に歪む彼の顔を見て、時が経った今でもその後悔が根深いことを知る。
私と同じコンプレックスを持った彼女、そんな彼女の心を傷つけてしまった先輩、どちらの苦しみもよく分かって、私まで胸が痛む心地がした。

「それで女装を始めたんだ」

「いや、どうしてそうなるのよ。むしろそんなことがあったら、二度とやらないって思うものじゃないの?」

「いいんだよ、俺はこれで」

先輩が語ったきっかけに、和奏が微塵も納得していない様子で突っ込む。
しかしこれ以上話すつもりはないのか、先輩は雑に話を切り上げようとした。
たしかに普通に考えたら訳の分からない話だろう。
しかし私には先輩の意図が、なぜかよく分かるような気がした。

「先輩は忘れないようにしたかったんですよね」

そう言うと、先輩はハッと目を見張ってから自嘲するように笑った。
その笑みを見て確信する。
つまりセーラー服を身にまとったときに彼女を傷つけてしまった先輩は、そのときの記憶を忘れないよう、自分を戒めるために今でも女子の制服を着ているのだ。
それはなんて不器用な罪滅ぼしなのだろう。

「先輩は誠実すぎます」

「礼は俺を買いかぶりすぎだ」

苦笑いを浮かべる先輩は、それからどこか遠くを見つめた。

「そうだな。俺はいつかいろんな人を喜ばせる魔法使いになりたいと思っていたのに、一番守らなきゃいけない子を傷つけたんだ。それは絶対に忘れないし、これからも絶対にしない」

強く言い切った先輩の言葉に心が震える。
先輩の女装は彼の決意の表れだったのだという思いがけない事実に、私と和奏は二人して沈黙してしまっていた。
まさか先輩にそんな過去があったなんて。
なんて声をかければいいのか分からずに落ち込んでいると、打って変わって彼はカラッとした笑い声を上げた。

「いや、そんなにしんみりすんなよ。その子にはたくさん謝って、もう和解もしてるしな」

「「えっ?」」

「今では別の彼氏もできたみたいだし、幸せにやってるみたいだぞ」

「そうなんですか?」

「何よそれ、結局ハッピーエンドってこと?」

「何って言われてもな。お前らの方こそ、俺の何が知りたかったんだよ」

先輩のテンションの落差に着いていけず、和奏が大きなため息をもらした。
いい加減回りくどくなったのか、バンとテーブルを叩いて先輩を睨みつける。

「ああもう、遠回しに聞くのは趣味じゃないからはっきり言うわ。だったらあんた、いったい何に悩んでるのよ」

「悩み?」