言われてみれば、和奏のコンクールのときやMV撮影のとき、つまりは学校のない休日、先輩はいつもジェンダーレスコーデといった服装をしていた。
休日の方がいくらでも自由な格好ができるはずなのに、彼はそれをしていない。
それにヘアメイクの研究なら今は私もいるし、わざわざ校則で縛られる学校でまで続ける必要はないのだ。

「別にスカートを履くことに大それた理由が必要なわけじゃないけど、学校だけ頑なに女子用の制服しか着てこないのは何か理由があるのかも」

「た、たしかに……」

「もしかしたらあいつが拘っているのは、“女装”じゃなくて“制服”なんじゃないかしら」

先輩の女装の秘密が、彼の悩みに繋がっているかもしれない。
思いもよらなかった考えに言葉を失っていると、和奏はパンッと両手を叩いた。

「まぁ、ここであれこれ詮索したって意味ないわね。放課後、本人に聞いてみましょう?」

「うん……そうする」

そうだ、私、先輩のことをもっと知りたい。
あわよくば、彼の力になりたい。
もらった恩は返し切れないけれど、いつか対等に並べるように。
とは思ったけれど。

「和奏、やっぱり今日はやめておかない?」

気弱なことを言う私に、和奏が呆れたように眉根を寄せる。
放課後、脇目も振らずに演劇部の部室へ向かおうとする和奏を、私は彼女のカーディガンの裾を掴むことで引き止めていた。

「何を言ってるの。礼のレッスンもちょうど休みなんだから、追求するなら今日しかないでしょう?」

「でも元気な振りをしてるってことは、先輩は悩みを隠していたいってことだし、無理矢理には聞き出したくないんだよ」

結局私は今日一日、授業にも集中できずに先輩のことを考えていた。
もちろん有効な手立ては何も出なかったけれど、それでも先輩の気持ちを考えず、無遠慮にその心を暴きたくはない。
ここまできて足踏みをするのかと思われてもしょうがないが、彼の気持ちを最優先にしたいのだ。

「言いたくないことだったらきっと言わないわよ。礼の優しさは分かるけれど、このままモヤモヤしていたって埒が明かないし」

「それはそうだけど」

「あいつの力になりたいんでしょう?」

和奏が腕組みをして、私の目をまっすぐに見つめる。
その瞳の力強さに少しだけ慄きながらも、私はひとつ頷いた。

「私もあいつには借りがあるしね。それにいつまでもあいつのことばかり心配している礼を見ていたくないもの」

冗談めかした和奏の口ぶりに、今度は思わず笑みをこぼす。
そんな私を見て、和奏もホッとした息を吐いた。

「大丈夫よ。礼には私がいるわ。今度は私たちがあいつのことを助けてやりましょう!」

「うん……! ありがとう、和奏!」

そうだ、一人ではどうしようもないときでも、私には信頼している大好きな親友がいる。
二人でならなんとかなると思わせてくれる。
うん、和奏が隣にいてくれればきっと大丈夫。
改めてその存在を心強く感じていると、後ろから聞き慣れた声で「おい」と呼ばれた。

「どうしたんだよ、廊下の真ん中でくっついて。お前ら本当に仲がいいよな」

「せっ、先輩!」

振り向けば、いつの間にかすぐそこに七海先輩が現れていた。
驚いて飛び跳ねた私たちを、先輩が不思議そうに見つめる。
その反応を見るに、どうやら今の会話は聞かれていなかったようだ。