「もしかして俺、そのうちヒゲとか生えてくんのかな……?」
「先輩に、ヒゲ……?」
こんなかわいい先輩にヒゲなんて、どう考えても似合わないだろう。
しかし彼なら、ヒゲすらも自分に似合わせてしまうのかもしれない。
できることなら一度見てみたいなと呑気に考える私とは対照的に、先輩はしばらく思い詰めたかのようにその場に立ち尽くしていた。
「“七海先輩が変”?」
「そうなの! どうしよう、和奏!」
教室の真ん中で大きな声を上げてしまった私に、クラスメイトたちの不思議そうな視線が刺さる。
しまった、ここはいつもの演劇部の部室ではなかったと慌てて口を両手で覆っていると、和奏が顔を顰めながら首を傾げた。
「どうしようって、あいつは元々変なヤツでしょう?」
「もう! そういうことじゃなくて!」
「まぁそれは冗談だけれど、相変わらず態度も声も大きいみたいだし、私にはどこも変わらないように見えるけど」
こともなげに言う和奏に向かって力なく首を振る。
先輩の成長期が発覚してから一週間。
あの日から、彼の様子は明らかに変わってしまったのだ。
「和奏の言うとおり、確かに先輩は元気に振る舞っているんだけど、なんだか無理をしているみたいだし、ふとした瞬間にすごく思い悩んだ顔をするの」
春に出会ってから約半年間、私と先輩は毎日のように顔を合わせているけれど、彼のあんなにも思い詰めたような表情は今まで見たことがない。
あの底抜けな明るさが、すっかりと失われてしまったみたいなのだ。
「きっと大きな悩みがあるんだと思う」
「何か思い当たることはないの?」
「うーん、成長期のことが関わってるとは思うんだけど、これといって浮かぶようなことは何もなくて」
MV撮影も成功に終わり、手がけたウェブ企画もかなりの評判で、先輩は今絶好調のはず。
あんな顔をさせる要因なんてどこにも見当たらない。
「単純に考えれば、成長によるバランスの変化で、今までみたいな格好が似合わなくなるかもしれないから、とか?」
「それも考えたんだけど、たとえ見た目が変わっていったって、七海先輩ならいくらでも対応できるだろうし、それすら楽しむと思うんだ」
「確かにそうね。だとすると、本当に謎だわ」
考えが振り出しに戻ってしまい、私は机に頬杖をつきながらため息を吐いた。
「私って、実は先輩のことをほとんど知らなかったのかも」
いつも隣にいて切磋琢磨していると思っていたのに、先輩が苦しんでいるとき、私はその原因がなんなのかを見破ることすらできない。
これでは彼の弟子失格だ。
自分の不甲斐なさに打ちひしがれて頭を抱えると、ふいに和奏が「今さらだけれど」と呟いた。
「あいつって、どうして女装しているのかしらね」
「えっ……?」
和奏の根本的な疑問に、私も瞬きを繰り返す。
先輩の女装の理由って。
「前はこっちの方が似合うからとか、ヘアメイクの研究にちょうどいいからとかって言ってたけど」
「でも私のコンクールの日に会ったとき、私服は女装って感じじゃなかったわよね?」
「先輩に、ヒゲ……?」
こんなかわいい先輩にヒゲなんて、どう考えても似合わないだろう。
しかし彼なら、ヒゲすらも自分に似合わせてしまうのかもしれない。
できることなら一度見てみたいなと呑気に考える私とは対照的に、先輩はしばらく思い詰めたかのようにその場に立ち尽くしていた。
「“七海先輩が変”?」
「そうなの! どうしよう、和奏!」
教室の真ん中で大きな声を上げてしまった私に、クラスメイトたちの不思議そうな視線が刺さる。
しまった、ここはいつもの演劇部の部室ではなかったと慌てて口を両手で覆っていると、和奏が顔を顰めながら首を傾げた。
「どうしようって、あいつは元々変なヤツでしょう?」
「もう! そういうことじゃなくて!」
「まぁそれは冗談だけれど、相変わらず態度も声も大きいみたいだし、私にはどこも変わらないように見えるけど」
こともなげに言う和奏に向かって力なく首を振る。
先輩の成長期が発覚してから一週間。
あの日から、彼の様子は明らかに変わってしまったのだ。
「和奏の言うとおり、確かに先輩は元気に振る舞っているんだけど、なんだか無理をしているみたいだし、ふとした瞬間にすごく思い悩んだ顔をするの」
春に出会ってから約半年間、私と先輩は毎日のように顔を合わせているけれど、彼のあんなにも思い詰めたような表情は今まで見たことがない。
あの底抜けな明るさが、すっかりと失われてしまったみたいなのだ。
「きっと大きな悩みがあるんだと思う」
「何か思い当たることはないの?」
「うーん、成長期のことが関わってるとは思うんだけど、これといって浮かぶようなことは何もなくて」
MV撮影も成功に終わり、手がけたウェブ企画もかなりの評判で、先輩は今絶好調のはず。
あんな顔をさせる要因なんてどこにも見当たらない。
「単純に考えれば、成長によるバランスの変化で、今までみたいな格好が似合わなくなるかもしれないから、とか?」
「それも考えたんだけど、たとえ見た目が変わっていったって、七海先輩ならいくらでも対応できるだろうし、それすら楽しむと思うんだ」
「確かにそうね。だとすると、本当に謎だわ」
考えが振り出しに戻ってしまい、私は机に頬杖をつきながらため息を吐いた。
「私って、実は先輩のことをほとんど知らなかったのかも」
いつも隣にいて切磋琢磨していると思っていたのに、先輩が苦しんでいるとき、私はその原因がなんなのかを見破ることすらできない。
これでは彼の弟子失格だ。
自分の不甲斐なさに打ちひしがれて頭を抱えると、ふいに和奏が「今さらだけれど」と呟いた。
「あいつって、どうして女装しているのかしらね」
「えっ……?」
和奏の根本的な疑問に、私も瞬きを繰り返す。
先輩の女装の理由って。
「前はこっちの方が似合うからとか、ヘアメイクの研究にちょうどいいからとかって言ってたけど」
「でも私のコンクールの日に会ったとき、私服は女装って感じじゃなかったわよね?」