「日比谷さんの言うとおり、俺らは何度も練習を重ねています。高校生のお遊びだって笑われるかもしれないけど、毎回俺らなりに本気でやってきました。だから礼のいいところは俺が一番熟知しています」

「先輩……」

「礼のこと、精一杯輝かせてきます。だから、よろしくお願いします!」

「おっ、お願いしますっ!」

先輩に倣って、私も深く頭を下げる。
すると頭上で、日比谷さんの愉快そうな笑い声が聞こえた。

「責任はすべて僕が負う。みんな、彼らのバックアップを頼むよ」

かくして日比谷さんの鶴の一声により、撮影は私という代役を立てて続行されることとなった。
時間が押してしまい、急いで葉山さんが着るはずだったドレスをまとう。
美しい青のドレスは、トップモデルの葉山さんに合わせてとても華奢なつくりになっていたが、ぎりぎり着られないこともなく、ホッと息をついた。
丈が少しだけ短いのは、裸足になることでカバーできるだろう。
苦心しながらもようやくドレスを着終えて控え室に戻ると、七海先輩は部屋の真ん中で、不安になるくらい静かに佇んでいた。
いつになく遠い目をしている彼に、おそるおそる近づく。

「あの、先輩、私、生意気なことを言って――」

「さっきはあんなこと言ったけど、礼には本当に感謝してる」

「先輩……?」

「このままこの仕事を続けられるのは礼のおかげだ。ありがとう」

「……だったら、もっと笑ってくださいよ」

感謝の言葉とは裏腹に、先輩は今にも泣きだしそうな顔をしていた。

「俺は本当に、礼を遠い世界に連れてきてしまったんだな」

遠い世界。
それはモデルの話を断った日、部室で彼に話した言葉だった。
たしかに私はモデルの世界を、自分には大それた遠くの出来事のように感じていたけれど。

「それを後悔しているわけじゃないし、礼の夢を応援したいとも思ってる。でも、一人の女の子の人生を変えてしまうと思ったら、すげー怖くなった」

崩れそうになる目尻を隠すように、右腕で目元を覆いながら真情を吐露する先輩に、彼はそんなことを思っていたのかと驚く自分がいた。
今日は今までになかった先輩の顔をたくさん見ている気がする。

「この世界に入ったら、たくさんの人目に触れて、今までと同じ生活は送れなくなる。華やかで楽しいことばかりじゃないし、きっとそれ以上に、辛いことや苦しいことを経験する」

「それは……」

「そうやって、このまま俺の手の内から離れていったとき、俺は礼を守ってやれないかもしれない……!」

そう叫んだ先輩に、私は胸の内が苦しくなるような心地がした。
先輩はご両親の仕事の関係やアルバイトの現場で、数多くのモデルを見てきている。
きっと表に出る彼女たちの笑顔だけでなく、裏での苦しみも目にしたのだろう。
優しい彼は、私がもう一度傷つくことを恐れてくれているのかもしれない。

「舐めないでくださいよ。私、先輩に守ってもらいたいだなんて思いません。先輩と肩を並べて歩けるような、そんな人になりたいんです」

けれど傷つくことは、もう怖いことではなかった。
だって先輩が、私は弱くないってことを教えてくれたから。
先輩が私を信じてくれるなら、私も自分を信じたい。