日比谷さんから問われ、ハッと我に返り、拳を握る。
いつの間にか、この場にいる全員の視線が私に向いていた。

――礼はどうしたい?

頭の中で日比谷さんの声が反響する。
私は、どうしたい?
私は――――。

「……やってみたいです」

「おい、礼っ……!」

自分の気持ちを打ち明けると、すかさず先輩が割って入った。
左肩を掴まれ、その熱い手にドキリとする。

「これがどういうことか、ちゃんと分かってんのか!?」

「わ、分かってます」

「いいや、分かってない! これは遊びじゃないんだ!」

怒気の孕む先輩の声に怯む。
彼からこんなにも激しい調子で言い募られたことなど一度もない。

「この仕事を受ければ、いろんな場所に顔が出る。いやでも世間に注目される。それを受け入れる覚悟が礼にはまだないだろ!?」

「それはっ……」

「そんな状態で中途半端なこと言うな! 俺のためだとか思ってくれてんなら、そんなの全然嬉しくないからな!」

いつの間にか私の両肩を掴み、先輩はまるで強く願うかのように私に訴えた。
彼がこんなにも止めるのは、私を心配しているからだと分かっている。
自分だってこの仕事を成し遂げたいはずなのに、その気持ちを優先せず、私の未来の方を優先してくれているのだ。
改めて、本当に優しい人だと思う。
その優しさに恥じないように、私もきちんと自分の気持ちを伝えなくてはいけない。

「違うんです。私が、やりたいんです」

震える声でそう言うと、先輩は動揺したように瞳を揺らした。

――礼はどうしたい?

日比谷さんにそう問われたとき、私は真っ先にこの仕事をやってみたいと思った。
できるかどうかを考える前に、ただ単純にやってみたいと心が動いたのだ。
先輩の言うとおり、たしかに中途半端だとは思う。
一度尻込みしてスカウトの話を断ったくせに、こんな大きな仕事を受けたいと言うのだから。
けれどコンテストで先輩たちにメイクをされたモデルさんを見てから、私はずっとうずうずしていた。
私だったらもっと彼らの想いを汲み取って、もっと上手く表現するのになんて、一丁前に思ったりして。
いつしか輝く舞台に立つ自分を、心に描くようになっていたのだ。

「今でも自信なんてない。覚悟だって半端です。でも、心の底からこのお仕事をやりたいって思うんです」

今このお話を受けなかったら、私は絶対に後悔する。
バスケの夢は否応なしに途絶えた。
あの悔しさを今でも痛いほど覚えているのに、新たに見つけた夢のかけらに向かって手を伸ばさないなんて、そんなことできない。
必死なせいで回らなくなってしまう口で、どうにか先輩を説得できる言葉をつむぐ。
気持ちを上手く伝えられなくて涙を堪えていると、私の目を凝視していた先輩は、やがて重々しく頷いた。

「……分かった」

先輩の声が静かな室内に響く。
私の肩から手を離し、後ろで微笑んでいた日比谷さんに向き直ると、彼は深々と頭を下げた。