「プロデューサー! いらっしゃいますか?」

「僕ならここだよ」

日比谷さんが返事をすると、すぐに慌てた様子のスタッフさんが数人、控え室の中へと入ってきた。
いったい何事だろうか。
スタッフさんは皆一様に血相を変え、ひどく動揺している。

「大変です! 葉山さんが過労で倒れました!」

「美亜が?」

「体調不良が続いていたのを、本人がずっと隠していたようで。意識は戻りましたが、倒れたときに強く頭を打って、しばらくは絶対安静だそうです」

伝えられた言葉に、その場はしばし騒然となった。
とりあえず葉山さんの命に別条はないらしく、そのことにひとまず安堵する。
しかしこのままでは、ミュージックビデオの撮影はどうなってしまうのだろうか。

葉山さんは準主役のような役回りだ。
彼女が出演できなくなれば、きっと午後からの現場は回らない。
この非常事態に、やむを得ずスタッフさんのあいだで“貴族令嬢”なしの演出が提案されはじめる。

「そんな……」

代役を立ててくれないということは、葉山さんのヘアメイクを担当するはずだった先輩の役目がなくなってしまうということだ。
横目で見ると、先輩も動揺を隠しきれない表情をしていた。
先輩はこの日のために、一生懸命ヘアメイクの案を練ってきたのに。
彼の努力が水の泡になってしまうかもしれない展開に胸を痛めていると。

「僕に提案があるんだけれど。……礼」

「は、はい!」

ふいに日比谷さんから名前を呼ばれ、私は弾かれたように返事をした。
この状況で、先ほどと変わらない柔和な雰囲気をまとう日比谷さんが、にこりと私に笑いかける。

「君に美亜の代役を頼めないかな」

「へっ……?」

「演技の経験はなくても、創一郎のモデルは何回もしているのだろう? 彼との相性もいいし、どうだろうか」

あまりにも突飛なその提案に、私は一瞬、思考が追いつかなかった。

葉山さんの代役……?
そんな大それたことが私にできるのだろうか。
いやでも、私が代役を受けさえすれば、先輩が役目を失って悲しむこともなくなるのでは。

「すみません日比谷さん。その話は勘弁してやってください」

しかし私が返事をするよりも先に、先輩が牽制するかのようにそう言った。

「僕は創一郎じゃなくて礼に打診しているんだけど」

「ですが礼は人がよくて押しに弱いところがあります。大人たちが困っているところを見たら首を横には振れません。だから代わりに俺が答えます」

「強要はしないよ。それに僕は単純に礼を撮ってみたいと思ったんだ。美亜の穴を埋める手立てならほかにもあるし、彼女の意思を尊重する」

「礼は一度、日本でモデルのスカウトを断っているんです。大勢の人の目に触れる覚悟がないままで、この仕事を受けさせるわけにはいきません」

当の私を置いてけぼりで、先輩が日比谷さんに意見をする。
一歩も譲らず言葉を交わす彼等を、私はただ呆然と見ていることしかできなかった。

「だとしても、決めるのは礼自身だよ。ねぇ、礼。君はどうしたい?」