彼の力になれるように、さらに気合いを入れなければと心に決めていると、撮影はお昼休憩に入った。
私たちも見学を切り上げ、午後からの撮影に備えて宮殿内に設けてもらった控え室に向かう。
そこは普段、お城で行われる結婚式の際にブライズルームとして使われるお部屋らしく、大きな鏡が印象的なドレッサーが鎮座していた。
ここで葉山さんのヘアメイクが行われるのだ。
先輩が事前に決めていたヘアメイクの構想を復習しているあいだ、私は日本から持ってきた大量の道具をドレッサーの上に並べた。
スキンケアグッズやヘアセット用のスタイリング剤に櫛やコテ、それからコスメやメイクブラシを手に取りやすいように揃える。
今回使う道具はほとんどが先輩の私物であり、その中でもアイシャドウは特に拘って持ってきていた。
舞台が仮面舞踏会のため目元は仮面で隠されているが、途中、二人が向かい合うシーンでその仮面は外される。
その際、一等アイメイクが映えるように、先輩は気合いを入れて構想を立てていたのだ。
葉山さんの衣装は一番星が瞬きはじめた夜空のような深い青色に、銀色のビージングが輝くドレスだったので、アイシャドウも青色やラメが入ったものをたくさん揃えている。
先輩の魔法にかかった葉山さんは、きっといつも以上に美しくなることだろう。
舞台に立つ彼女を想像し、自然とうっとりしていると。
「創一郎、いる?」
突然、部屋の外から声をかけられた。
ガチャッと重厚な音を立てて、控え室の扉が開かれる。
「様子を見にきたよ。調子はどう?」
「日比谷さん」
現れた長身の男性は、このミュージックビデオのプロデューサーである日比谷さんだった。
まだ30代という若さで映像プロデューサーとして活躍する日比谷さんは、業界ではかなり有名な方らしい。
今回七海先輩を抜擢したのも彼なのだそうだ。
「少し緊張してますが、楽しみな気持ちの方が大きいです」
「そうか。まぁ、気負わずにね」
彼らの会話の邪魔をしないように部屋の隅で大人しくしていると、ふいに日比谷さんの視線が私へと向いた。
そのまま屈託のない笑みで笑いかけられ、緊張で肩が跳ねる。
「君が佐倉礼だね? 今日は創一郎のサポートをしてくれるんだっけ」
「はっ、はい! よろしくお願いします!」
「創一郎のポートフォリオを見たよ。モデルが全部君なのに、見ていてまったく飽きなくてね。君自身にも会ってみたいと思ってたんだ」
ポートフォリオとは、今まで先輩が私にヘアメイクを施してくれたときに撮った写真をまとめた、いわゆる作品集のようなものだ。
クリエイター職の方には欠かせないもので、主に実績や実力を計られるために使われるらしい。
それを見た日比谷さんは、私の存在を覚えてくださっていたようだ。
「あまりにもいろんな表情をするから、素顔はどんな子かなって気になってたんだけど……」
そう言うと、日比谷さんは私を覗き込むように見つめた。
大人の男の人のものとは思えない、マイペースで無垢な瞳が間近に見えて、思わず目を丸くする。
「うん、思ったとおり面白い子だ。真っ新なキャンバスみたいだね」
「キャンバス?」
「なんだか裏方だけをさせておくには惜しいな。今度別の作品に出てみない?」
「は、はぁ……」
軽い調子で言うのは、いわゆるリップサービスだからなのだろうか。
本気とも冗談とも取れない言葉に私が戸惑っていると、先ほど日比谷さんが現れた扉がドンドンと大きな音を立てて叩かれた。
私たちも見学を切り上げ、午後からの撮影に備えて宮殿内に設けてもらった控え室に向かう。
そこは普段、お城で行われる結婚式の際にブライズルームとして使われるお部屋らしく、大きな鏡が印象的なドレッサーが鎮座していた。
ここで葉山さんのヘアメイクが行われるのだ。
先輩が事前に決めていたヘアメイクの構想を復習しているあいだ、私は日本から持ってきた大量の道具をドレッサーの上に並べた。
スキンケアグッズやヘアセット用のスタイリング剤に櫛やコテ、それからコスメやメイクブラシを手に取りやすいように揃える。
今回使う道具はほとんどが先輩の私物であり、その中でもアイシャドウは特に拘って持ってきていた。
舞台が仮面舞踏会のため目元は仮面で隠されているが、途中、二人が向かい合うシーンでその仮面は外される。
その際、一等アイメイクが映えるように、先輩は気合いを入れて構想を立てていたのだ。
葉山さんの衣装は一番星が瞬きはじめた夜空のような深い青色に、銀色のビージングが輝くドレスだったので、アイシャドウも青色やラメが入ったものをたくさん揃えている。
先輩の魔法にかかった葉山さんは、きっといつも以上に美しくなることだろう。
舞台に立つ彼女を想像し、自然とうっとりしていると。
「創一郎、いる?」
突然、部屋の外から声をかけられた。
ガチャッと重厚な音を立てて、控え室の扉が開かれる。
「様子を見にきたよ。調子はどう?」
「日比谷さん」
現れた長身の男性は、このミュージックビデオのプロデューサーである日比谷さんだった。
まだ30代という若さで映像プロデューサーとして活躍する日比谷さんは、業界ではかなり有名な方らしい。
今回七海先輩を抜擢したのも彼なのだそうだ。
「少し緊張してますが、楽しみな気持ちの方が大きいです」
「そうか。まぁ、気負わずにね」
彼らの会話の邪魔をしないように部屋の隅で大人しくしていると、ふいに日比谷さんの視線が私へと向いた。
そのまま屈託のない笑みで笑いかけられ、緊張で肩が跳ねる。
「君が佐倉礼だね? 今日は創一郎のサポートをしてくれるんだっけ」
「はっ、はい! よろしくお願いします!」
「創一郎のポートフォリオを見たよ。モデルが全部君なのに、見ていてまったく飽きなくてね。君自身にも会ってみたいと思ってたんだ」
ポートフォリオとは、今まで先輩が私にヘアメイクを施してくれたときに撮った写真をまとめた、いわゆる作品集のようなものだ。
クリエイター職の方には欠かせないもので、主に実績や実力を計られるために使われるらしい。
それを見た日比谷さんは、私の存在を覚えてくださっていたようだ。
「あまりにもいろんな表情をするから、素顔はどんな子かなって気になってたんだけど……」
そう言うと、日比谷さんは私を覗き込むように見つめた。
大人の男の人のものとは思えない、マイペースで無垢な瞳が間近に見えて、思わず目を丸くする。
「うん、思ったとおり面白い子だ。真っ新なキャンバスみたいだね」
「キャンバス?」
「なんだか裏方だけをさせておくには惜しいな。今度別の作品に出てみない?」
「は、はぁ……」
軽い調子で言うのは、いわゆるリップサービスだからなのだろうか。
本気とも冗談とも取れない言葉に私が戸惑っていると、先ほど日比谷さんが現れた扉がドンドンと大きな音を立てて叩かれた。