「ごめんね、人がいると思わなくて! 驚かせたでしょ?」

「い、いえ……」

苦笑しながら謝られ、曖昧な返事をする。
たしかに彼女の登場には驚かされたけれど、それより何より。

――――綺麗な人。

振り向いた彼女の顔を見て、私が真っ先に思ったのはそんなことだった。
首もとを飾る高校指定のリボンは2年生を意味する緑色だから、どうやら彼女は私よりひとつ年上の先輩のようだ。

丁寧に巻かれた栗色の髪は艶やかでとても長い。
切れ長の目に長いまつ毛、すっとした小ぶりな鼻に、朱赤に塗られた唇。
小さな顔の中に収められたそれらのパーツは、計算されたかのように美しく配置されている。
すらりと伸びる手足は華奢で、少し赤みのある健康的な色をしていた。
まるで“美しい”という言葉を具現化したみたい。
世の中にはこんな人がいるのか。
お人形さんのような彼女の姿に、私はいつの間にか言葉を失っていた。

「ねぇ、あなた……」

名前も知らない先輩の細い指が、ふいに私の頬へと近づく。
そして伝っていた涙を払うと、彼女はこくりと小さく首を傾げた。

「どうしたの? 何か悲しいことでもあった?」

先輩に尋ねられ、私はようやく自分が先ほどまで泣いていたことを思い出した。
どうやら彼女の美しさに見惚れてしまっていたらしい。
言われるまで気がつかなかった自分が間抜けに思えて、首を横に振ってから居たたまれずに視線をさまよわせる。

「唇から血が出てる。せっかくかわいい顔立ちをしてるのに、傷つけたりなんかしたらもったいないよ」

「かっ、かわいいだなんて……!」

しかしさらにかけられた予想外の言葉に、私は思わず面を食らった。
社交辞令だとは分かっているけれど、かわいいだなんて言葉は生まれてこの方一度も言われた覚えがなかったのだ。

自分で言うのも悲しいけれど、私はかわいらしさとは無縁の人間だ。
身長は175センチもあり、そこら辺の女の子よりも遥かに高い。
加えて幼いころからバスケ一筋だったため、洒落っ気がなく、顔立ち自体も凛々しい方だ。
ベリーショートだった髪はバスケから離れたことで耳が隠れるくらいに伸びたけれど、このプリーツスカートの制服を着ていなかったら男の子に間違われてもおかしくないくらいだというのに。

「と言うか……よく見れば本当にすごいような。髪も肌も綺麗で手足も長い。天性のものか、これは」

なんだか興奮したような様子の先輩は、それから観察するように私を見上げた。
その真っ黒な瞳の中に、目を丸くした私がはっきりと映っているのが分かる。
これは新手の嫌みなのだろうか。
私と彼女の容姿に天と地ほどの差があるのは一目瞭然。
こんな綺麗な人に褒められたって惨めなだけだ。

「ねぇ、あなたこれから暇?」

「えっ?」

「ちょっと顔を貸してほしいんだけど!」

するときらきらした目でそう言うや否や、先輩は私の手を取った。
そしてそのまま、こちらの返事を待たずに歩き出す。
相手の勢いに気を呑まれて明確な拒否もできないまま、私は引きずられるようにして連れられていった。
階段を下り、渡り廊下も通りすぎて、着いたのは部活棟と呼ばれる、部室の並ぶ離れの小さな校舎。
先輩は躊躇なくそこへ進んだかと思うと、あるひとつの部屋の前で立ち止まった。