さすがに言い淀むと、先輩は声を上げて笑った。
「よし、いいぞ」
「えっ、もうですか?」
そんなことをしていると、話をしながらも器用にその手を動かしていた先輩は、いつもより格段に早くメイクを終わらせた。
おそらく始めてからまだ10分も経っていないだろう。
それはどちらかと言えば凝り性な彼にしては、珍しいほどの早さだった。
内心これではいつもの私とほとんど変わらないのではないかと思いながら、おそるおそる鏡を覗き込む。
「どうだ?」
「えっと……」
ファンデーションの塗られていない軽いベースメイク。
透明なマスカラとグロスに、私の血色と同じような色をした薄づきのチークとリップ。
アイシャドウもアイラインもない。
予想どおり、私に施されたのは本当にシンプルなメイクだった。
「いつもよりかなりナチュラルですね。ありのままと言うか」
思い浮かんだ感想をそのまま呟く。
それを聞いた先輩は、「そうだな」と相槌を打ち、静かに微笑んだ。
「でも俺は、そのありのままの礼もとびきりかわいいって思うんだ」
――ありのままの礼もとびきりかわいい。
先輩の口から飛び出した思いもよらない言葉に、もう一度鏡を覗き込む。
映っているのは見慣れたはずの自分の顔だ。
凛々しくて、かわいげがなくて、弱気で、嫌いだったはずの、ありのままの私の顔。
しかしそこに見えたのは、思っていたよりもずっと瑞々しく晴れ渡った表情をした自分だった。
「私……こんな顔をしてましたっけ」
鏡に釘づけになったまま、あまりにも間抜けな声が漏れる。
それから拍子抜けしたように、私はその場で脱力した。
――私、変わりたい。
先輩と出会ってから私はずっとそう願ってきた。
今までの自分をすべて否定して、新しく生まれ変わりたかった。
けれどもやはり自分以外の人間にはなれなくて、落ち込んで、そんなことばかり考えていたから気がつかなかったのだ。
誰より私自身が、私のことを見ていなかったことに。
「ったく、ようやく分かったかよ。礼はそのままで十分魅力的なんだ」
使ったメイクブラシを片付けながら、先輩が呆れたように言う。
ああそうか、私は私のままでよかったのか。
とてつもなく遠回りをしたのに、あまりにも近くに答えがあって、それでも私はなぜか清々しい心地がしていた。
「舞台の上で輝けるか、だっけ?」
私が吐いた弱音を復唱しながら、先輩が虚空を見つめる。
彼はらしくもなく、厳しい表情をしていた。
「俺は礼に、モデルの道で絶対に成功できるなんて無責任なことは言えない。未来のことは誰にも分からないからな」
「シビアですね」
「そういう世界だ。でも俺は礼には可能性があるって思ってるし、成功することを信じてる」
「私の、可能性……」
「ああ。それに何人ものプロのスカウトから声がかかったんだぜ? 礼の魅力は紛れもなく本物なんだ」
「いい加減、信じてくれよ」と参った様子の先輩に、私は幸せな不甲斐なさを感じながら頷いた。
「よし、いいぞ」
「えっ、もうですか?」
そんなことをしていると、話をしながらも器用にその手を動かしていた先輩は、いつもより格段に早くメイクを終わらせた。
おそらく始めてからまだ10分も経っていないだろう。
それはどちらかと言えば凝り性な彼にしては、珍しいほどの早さだった。
内心これではいつもの私とほとんど変わらないのではないかと思いながら、おそるおそる鏡を覗き込む。
「どうだ?」
「えっと……」
ファンデーションの塗られていない軽いベースメイク。
透明なマスカラとグロスに、私の血色と同じような色をした薄づきのチークとリップ。
アイシャドウもアイラインもない。
予想どおり、私に施されたのは本当にシンプルなメイクだった。
「いつもよりかなりナチュラルですね。ありのままと言うか」
思い浮かんだ感想をそのまま呟く。
それを聞いた先輩は、「そうだな」と相槌を打ち、静かに微笑んだ。
「でも俺は、そのありのままの礼もとびきりかわいいって思うんだ」
――ありのままの礼もとびきりかわいい。
先輩の口から飛び出した思いもよらない言葉に、もう一度鏡を覗き込む。
映っているのは見慣れたはずの自分の顔だ。
凛々しくて、かわいげがなくて、弱気で、嫌いだったはずの、ありのままの私の顔。
しかしそこに見えたのは、思っていたよりもずっと瑞々しく晴れ渡った表情をした自分だった。
「私……こんな顔をしてましたっけ」
鏡に釘づけになったまま、あまりにも間抜けな声が漏れる。
それから拍子抜けしたように、私はその場で脱力した。
――私、変わりたい。
先輩と出会ってから私はずっとそう願ってきた。
今までの自分をすべて否定して、新しく生まれ変わりたかった。
けれどもやはり自分以外の人間にはなれなくて、落ち込んで、そんなことばかり考えていたから気がつかなかったのだ。
誰より私自身が、私のことを見ていなかったことに。
「ったく、ようやく分かったかよ。礼はそのままで十分魅力的なんだ」
使ったメイクブラシを片付けながら、先輩が呆れたように言う。
ああそうか、私は私のままでよかったのか。
とてつもなく遠回りをしたのに、あまりにも近くに答えがあって、それでも私はなぜか清々しい心地がしていた。
「舞台の上で輝けるか、だっけ?」
私が吐いた弱音を復唱しながら、先輩が虚空を見つめる。
彼はらしくもなく、厳しい表情をしていた。
「俺は礼に、モデルの道で絶対に成功できるなんて無責任なことは言えない。未来のことは誰にも分からないからな」
「シビアですね」
「そういう世界だ。でも俺は礼には可能性があるって思ってるし、成功することを信じてる」
「私の、可能性……」
「ああ。それに何人ものプロのスカウトから声がかかったんだぜ? 礼の魅力は紛れもなく本物なんだ」
「いい加減、信じてくれよ」と参った様子の先輩に、私は幸せな不甲斐なさを感じながら頷いた。