今日は休日だけれど、部活で学校に来ている生徒がたくさんいる。
同じデザインのエナメルバッグを持つ子たちとすれ違いながら、ふらふらとさまようように歩く私がたどり着いたのは、いつも放課後に七海先輩と過ごす演劇部の部室だった。

――やっぱり私にはできそうにありません。

部室の隅に置いたテーブルに力なく座り、先ほどスカウトの方に言った言葉を思い出して、私はテーブルの上に突っ伏した。
逸るように鼓動が鳴っているのに、頭の中はまるで冷蔵庫のように冷えて空っぽになっている。
そんな状態のまま、どれほどの時間を過ごしていたのだろう。
陽が傾き、窓から西日が刺すころ、ふいに部室のドアが開いた。

「れっ礼!?」

「……七海、先輩」

「あー、びっくりした。どうしてこんなところにいるんだよ」

部室に現れたのは、休日なのに制服を着た七海先輩だった。
珍しく清楚な黒いボブウィッグの彼は、忘れ物を取りにきたんだと言いながら、棚にしまってあったメイクボックスを取り出している。

「礼は今日、撮影の見学に行ってきたんだろ? プロの現場はどうだった?」

まるですべてを悟ったかのように静かに問う先輩に、私は涙が溢れそうになるのを必死で我慢しながら答えた。

「……なんだか、遠い世界に迷い込んだみたいでした」

「遠い世界?」

「はい。私には身に余るお話に思えて、結局断ってしまいました」

「そうか」と先輩が相槌を打つ。
せっかく応援してくれていたのに、やる前から怖じ気づいたことに幻滅されたような気がして、私は彼の目を見ることができなかった。

「礼が真剣に考えて決めたことなら、俺は何も言わない」

「はい……」

どうせなら叱ってくれたらよかった。
こんなみじめで臆病な私、再起不能になるまで罵ってくれたっていい。
沈んだ気分で、身勝手にもそんなことを考える。

「私、帰りますね」

返す言葉もなく、無言にもいたたまれなくて、私は先輩に背を向けた。
このままではみっともない姿をさらしてしまいそうだ。
それくらい心の余裕がないことが自分でも分かる。
早くこの場所から去らなくては。
そう思い、急いで踵を返し、出入り口であるドアを開ける。
しかし敷居を跨ごうとした瞬間、強い力で腕を引かれ、部室を出て行くことは叶わなかった。

「行かせない」

「先輩……?」

「行ったら一人で泣くんだろ?」

図星を指され、心臓が跳ねる。
振り向くと、先輩の真剣な瞳に射抜かれ、私は息を呑んだ。

「初めて会ったときも礼は一人で泣いてた」

「そ、れは」

「泣きたいなら一人で抱え込まないで、俺を頼ってくれよ」

その優しい言葉に、寸前まで堪えていた涙がついに溢れだした。
とめどなく流れてくる涙の雫を、慌てて両手で押さえる。
泣いたって先輩を困らせてしまうだけだと分かっているのに、それでも一度決壊した涙腺は言うことを聞いてくれない。