「これでもう、観客にお前の気弱な心は分からない。お前は今から自信満々で勝ち気な、いつもの麻生に戻るんだ」
すると使い終えたケープを畳んでいた先輩が、淡々とした口調でそう言った。
「そんなこと……」
「できるはずだ」
現実に引き戻されて狼狽える和奏に、先輩はやはり煽るように迫る。
「お前がいつも胸張って生きてんのは、それだけ努力してるっていう自負があるからなんだろ? なぁ、礼」
「そうだよ、和奏」
先輩に話を振られ、私はひとつ頷いてから、和奏の小さな体を抱きしめた。
先ほどまでは弱々しく震えていたが、もうその震えは感じられない。
「私、和奏が毎日かかさずに何時間もレッスンしてるのを知ってる。誰より自分に厳しく頑張ってるのを知ってる。ピアノをとっても愛してるのを知ってる」
そんな和奏の姿を、私はずっと隣で見てきたのだ。
だからこそ、誰よりも報われてほしいと思う。
「緊張したり不安になったりすることは、全然かっこ悪いことなんかじゃないよ。それはいい演奏を聴いてほしいからであって、和奏が本気でピアノに向き合っている証拠なんだから」
「礼……」
優しく和奏の肩を叩く。
すると彼女は少しだけ目を伏せ、そしてややあってからもう一度私を見上げた。
その瞳に強い力が宿ったのが見えて、ハッと目を見張る。
「そうね。毎日必死にやってるんだもの。この努力が実らないなんて、そんな不幸な話はないわよね」
「和奏……!」
にこりと不敵な笑みを見せた和奏は、どうやらいつもの自信を取り戻せたようだった。
そうだ、それでこそ和奏だ。
今の彼女ならきっとステージの上に立てると確信していると、和奏は突然振り返り、先輩に向かって頭を下げた。
「あの、ありがとうございました……七海先輩」
「よせよ、改まって。調子が狂うから、いつもの喧嘩腰の麻生でいてくれ」
「何よ。人がせっかく下手に出てるっていうのに」
眉根を寄せる和奏に、先輩が余裕の笑い声を上げる。
そのまま、彼は私と和奏の背を押した。
「おらっ、時間ねーぞ! 行ってこい!」
「はい! 行こう、和奏!」
「ええ」
和奏の手を引いて、急いで先輩の家を出る。
時刻は本番20分前だ。
よかった間に合ったと、私が胸を撫で下ろしていると。
「……あいつ、やっぱりすごいのね」
文化会館の門に入ったところで、和奏がぽつりと呟いた。
今のは先輩を褒めたのだろうか。
彼女から出たとは思えない言葉に驚いて振り向けば、凛と前を見据えた姿が目に映った。
おそらく実際に先輩からヘアメイクをしてもらって、考えが変わったのだろう。
やっと彼を認めてくれた和奏に、なぜか私の鼻が高くなる。
「でしょう? 先輩の技術はもはや魔法なんだよ」
「ううん。もちろんヘアメイクのこともあるけど、それだけじゃなくって」
和奏はそこで言葉を区切ると、自嘲するような笑みを浮かべた。
すると使い終えたケープを畳んでいた先輩が、淡々とした口調でそう言った。
「そんなこと……」
「できるはずだ」
現実に引き戻されて狼狽える和奏に、先輩はやはり煽るように迫る。
「お前がいつも胸張って生きてんのは、それだけ努力してるっていう自負があるからなんだろ? なぁ、礼」
「そうだよ、和奏」
先輩に話を振られ、私はひとつ頷いてから、和奏の小さな体を抱きしめた。
先ほどまでは弱々しく震えていたが、もうその震えは感じられない。
「私、和奏が毎日かかさずに何時間もレッスンしてるのを知ってる。誰より自分に厳しく頑張ってるのを知ってる。ピアノをとっても愛してるのを知ってる」
そんな和奏の姿を、私はずっと隣で見てきたのだ。
だからこそ、誰よりも報われてほしいと思う。
「緊張したり不安になったりすることは、全然かっこ悪いことなんかじゃないよ。それはいい演奏を聴いてほしいからであって、和奏が本気でピアノに向き合っている証拠なんだから」
「礼……」
優しく和奏の肩を叩く。
すると彼女は少しだけ目を伏せ、そしてややあってからもう一度私を見上げた。
その瞳に強い力が宿ったのが見えて、ハッと目を見張る。
「そうね。毎日必死にやってるんだもの。この努力が実らないなんて、そんな不幸な話はないわよね」
「和奏……!」
にこりと不敵な笑みを見せた和奏は、どうやらいつもの自信を取り戻せたようだった。
そうだ、それでこそ和奏だ。
今の彼女ならきっとステージの上に立てると確信していると、和奏は突然振り返り、先輩に向かって頭を下げた。
「あの、ありがとうございました……七海先輩」
「よせよ、改まって。調子が狂うから、いつもの喧嘩腰の麻生でいてくれ」
「何よ。人がせっかく下手に出てるっていうのに」
眉根を寄せる和奏に、先輩が余裕の笑い声を上げる。
そのまま、彼は私と和奏の背を押した。
「おらっ、時間ねーぞ! 行ってこい!」
「はい! 行こう、和奏!」
「ええ」
和奏の手を引いて、急いで先輩の家を出る。
時刻は本番20分前だ。
よかった間に合ったと、私が胸を撫で下ろしていると。
「……あいつ、やっぱりすごいのね」
文化会館の門に入ったところで、和奏がぽつりと呟いた。
今のは先輩を褒めたのだろうか。
彼女から出たとは思えない言葉に驚いて振り向けば、凛と前を見据えた姿が目に映った。
おそらく実際に先輩からヘアメイクをしてもらって、考えが変わったのだろう。
やっと彼を認めてくれた和奏に、なぜか私の鼻が高くなる。
「でしょう? 先輩の技術はもはや魔法なんだよ」
「ううん。もちろんヘアメイクのこともあるけど、それだけじゃなくって」
和奏はそこで言葉を区切ると、自嘲するような笑みを浮かべた。