両親が来てしまっては、いいところを見せようとして、余計な力が入ってしまうからだと。
しかし今回、それが前触れもなく訪れてしまったということなのだろう。

「気負っちゃったんだね」

思ったことをそのまま口に出すと、和奏は肩を震わせ、そして小さく頷いた。

「頭では分かってるの。いつもどおり堂々としていればいいんだって」

「うん」

「でも、パパとママに下手なピアノは聴かせられない。恥だってかかせられない。そんなことが頭をよぎるの。バカだよね、私」

こんな状況ならば、緊張に心が乱されてしまっても仕方がないと思う。
けれど自分に厳しく、ピアノに関して並々ならぬプライドを持っている和奏は、今の弱気な自分自身が許せないのだ。

「こんなのかっこ悪すぎ……。最悪だよ……」

「和奏……」

目に涙をため、口惜しさを耐えている和奏を、痛ましく思いながら見つめる。
高校に入ってから初めての大きなコンクールだと、和奏はいつも以上に張り切っていたのだ。
どうにかステージに立ってほしいと思うけれど、身も心もぼろぼろな今のままで、納得できる演奏をすることは難しいだろう。
それに誇り高い彼女のことだ。
弱った姿を衆人の目にさらすような真似をしたら、さらに深く傷ついてしまう。

どうしたものかと頭を悩ませていると、公園内に設置してある大きな時計が、正午を報せる音を鳴らした。
こうしているあいだにも、本番の時間は刻一刻と迫ってきている。
それなのに、何をしてあげたらいいのか思いつかない。
せめてクマや顔色の悪さだけなら、メイクで直せるかもしれないけれど。
そう、メイクで……。

「あっ……!」

そんな考えがひらめいた瞬間、浮かんだのは、あの人の姿だった。

そうだ、七海先輩なら。
彼の魔法があれば、この状況を打開できるかもしれない。
そう考えた私は、早速スマートフォンを取り出すと、すぐに七海先輩へと電話をかけた。
耳元でコール音が鳴る。
逸る気持ちを抑えながら待っていると、5回目のコール音の後に電話が繋がった。

「もしもし、礼?」

「先輩っ」

電話越しに聴こえたの先輩の声は、どんなヒーローの名台詞よりも頼もしく感じた。
その声を聴いただけで、自分の心が落ち着くのが分かる。

「お休みの日なのに突然すみません」

「礼の方から電話なんて珍しいな。何かあったのか?」

「はい。私、文化会館のとなりの公園にいるんですけど、今すぐに先輩の力を借りたくって」

「文化会館? そこならすぐに行ける。公園のどの辺だ?」

「すべり台のそばのベンチにいます」

「分かった。離れるなよ」

先輩との通話を切り、胸をなで下ろす。
よかった、彼が来てくれるなら百人力だ。
するとそれから3分も経たないうちに、背後から「礼!」と私を呼ぶ大きな声が聞こえた。
振り返れば、手を振りながらこちらに走ってくる先輩の姿が見え、そのあまりの到着の早さに思わず目を丸くする。