「あんたみたいな怪しい人間に、大事な礼を預けていられないもの。監視されて当然でしょう?」

「だっかっら! 別に俺は詐欺師でも怪しくもないって言ってんだろ! この格好はヘアメイク研究にちょうどいいからやってんだよ!」

「どうかしら? だいたいどうしてあんたが演劇部の部室を牛耳っているのよ。部員でもないくせに」

「演劇部とは協力関係にあんだよ! どうせここは物置としてしか使ってないから、俺の道具も置かせてもらう代わりに、たまにヘアメイクの助っ人に行ってんの!」

「へぇ。演劇部も方たちも、まさかここまで改造されるとは思わなかったでしょうね」

「ああああ! いちいち癇に障るヤツだな!」

しかし一見すると水と油のように見える二人だが、言い合いを楽しんでいる節もあるのだろう。
その証拠に、喧嘩をしているときの彼らはとても生き生きした表情をしている。
そんな二人から目を離し、私は部室を大改造した撮影スタジオへと視線を移した。
大型のバックグラウンドにスタンドライト、プロ仕様のレフ板やカメラスタンドと、たしかに高校生にしてはやりすぎたかもしれない。
今度、演劇部の人に謝っておこう。

「ま、今日はそろそろ帰るわよ。レッスンも始まるし」

ひとしきり先輩と言い争った和奏だったが、17時を示す時計を見るとあっさりと引き下がった。
肩で息をしている先輩は、どうやらそんな和奏に拍子抜けしている。
それもそのはず、元々彼女はこんなところで油を売っている暇はないのだ。

「コンクール、月末だったよね。私も応援にいくから」

「ありがとう。楽しみにしてて? 高校生になってから初めての大きなコンクールだもの。気合いを入れてるの」

そう言い残し、颯爽と帰っていく和奏を見送ると、先輩は彼女が出て行ったドアを見つめながら訝しげな顔をした。

「コンクール? あいつ、何かやってるのか?」

「ピアノですよ。小さいころからずっと続けてて、すっごく上手なんです」

「へぇ」

和奏のご両親は世界的に有名な音楽家で、彼女はそんな二人の影響もあり、幼いころから楽器に親しんできた。
とりわけピアノに才能を見出し、10年以上、毎日休むことなくレッスンに励んでいる。
彼女には将来、世界一のピアニストになるという夢があるのだ。
目標に向かって努力を絶やさず、いつでも自分に正直で一生懸命な和奏を、私は昔から尊敬し、応援していた。

「そう言えば、先輩はどうしてヘアメイクアーティストになろうと思ったんですか?」

先輩にもきっと和奏のように、夢を志したきっかけがあるはずだ。
気になって聞いてみれば、彼はあっさりと答えてくれた。

「俺も麻生と同じで親の影響が大きいかな」

「先輩も?」

「ああ。うちの両親、けっこう売れっ子のヘアメイクアーティストだったんだぜ」

聞けば先輩のご両親は昔、そろって芸能人を担当したりもする有名なヘアメイクアーティストで、結婚をしたあとは念願だったサロンをオープンさせたそうだった。
二人だけの小さなお店だが、常連客が絶えず、先輩はお仕事に励むご両親の姿を見てヘアメイクに興味を持ったらしい。
先輩のご両親だ、きっと腕も一流なのだろう。
一度サロンの方にも伺ってみたいなぁなんて考えていると、先輩は突然ぱんと手を叩いた。