レースのあしらわれた漆黒のドレスに、サイドをかきあげたクールなヘアアレンジ。
目元を彩るアイシャドウは、深みのあるバーガンディーだ。
さながら魔物たちのパーティーに出席するカーミラみたいに妖しげな笑みを浮かべれば、カシャリとシャッターは切られる。
放課後、いつものように先輩の魔法にかかった私は、演劇部の部室の角につくった簡易スタジオの中で、思うがままに自分を表現していた。

「顔の向きはそのまま。もう少し目を伏せてみて」

先輩から常より低い声で指示をされ、言われたとおりに目を伏せた。
施したアイメイクが一等美しく見えるように、顔の角度に気をつける。
少しアンニュイを装いながら、アドリブで手を頬の近くに持ってくるポーズをつくると、カメラを構えた先輩は満足そうに笑った。

連続で切られるシャッターの音。
眩しいくらいのストロボ。
先輩の魔法にかかっているこの時間が、私はやっぱり一番好きだ。

「はい、オッケー! お疲れ、礼!」

「お疲れ様です!」

「あー! 今日も最っ高の出来だったな!」

カットの声がかかると、魔法が解けてしまったかのようにふらふらと体の力が抜けた。
衣装に傷がつかないように座り込み、仰ぎながら息をつく。
撮影は見た目以上に集中力が必要で、かなりの体力を消耗するのだ。
けれど撮ったばかりの写真を確認する先輩のわくわくとした横顔を眺めていれば、それだけで疲れが吹き飛びそうな気がした。

「やっぱり撮るたびによくなっていくな、礼は」

きらきらした瞳で先輩が見つめているのは、最後に撮った伏し目がちの一瞬らしい。
たしかに今日一番の出来だと思ったが、それでも私は満足なんかしていなかった。

「まだまだやれますよ、私」

やっと腰を上げ、衣装の裾を直し、挑むようにそう呟く。
表情やポーズのつくり方はまだまだ未熟だ。
先輩の魔法をどうやって表現するか、想像力だって養わなければいけない。
やれることは数え切れないくらいある。
ゴールデンウィークにスナップ撮影を経験してから、私の意識は格段に変わっていた。
先輩の創造するものを自分なりに解釈して、生意気かもしれないけれど、彼の魔法を昇華させたいと考えるようになったのだ。
自分にはバスケが得意だということしか取り柄がないと思っていたけれど、ほかにももっといろんな可能性を秘めているはず。
いろんな自分になるうちに、私はそのことを確信していた。

「楽しみにしてる。俺も負けないように頑張らないとだな」

ニッと笑った先輩に、頷きで応える。
七海先輩とならきっと世界だって変えられる、なんて有頂天なことを考えていると。

「で、お前はいつまでそこにいるんだよ、麻生」

先輩は突然、天使のようなかわいい顔を鬼のような形相へと変えた。
恨みのこもったような低い声は、背後にあるイスに座っていた和奏へと向けられている。

「私がいたら何か不都合なことでもあるのかしら?」

「後ろから監視されてたら誰だって気が散るだろ!」

「あら、お粗末な集中力しか持ち合わせてないのね。お気の毒様」

挑発的な和奏に憤る先輩の姿を眺めながら、また始まったと小さく苦笑いをもらす。
いまだに先輩のことを信用してはいない和奏は、見学と称してはたびたびこうして放課後の活動を見張りにきていた。
そんな彼女の鋭い眼光を背中で受け止めながら、先輩はそろそろ我慢の限界にきていたのだろう。
箍が外れたように激高し、言い合いを始めている。