「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」
学問のススメの一節。かの有名な福沢諭吉先生のお言葉、らしい。
担任の橋本先生が、白のチョークでサラサラと流麗な文字で書いていく。
これ、すっごく要約しちゃうと、天から人が生まれて、皆等しいってコトらしい。
ーーーーあれ。コレって恋愛と一緒じゃないか?
(カッコいいなぁ……)
授業の時だけ、かけるラウンドフレームの眼鏡がおしゃれで、職員室から、出てすぐの喫煙ルームで、アイコス片手の姿をガラス扉越しにチラ見するだけでドキドキする。
先生の左手の薬指には、指輪はない。今は、彼女も居ないらしいってウワサ。この間、添削プリントを持って行った際に、先生に直接聞いた時は、休日は読書かドライブだって。
(スーツ姿も、綺麗に締められたセンスの良い紺色のネクタイも、銀色に光る腕時計も、同い年の男の子達には、どれもないモノばかりで、ほんとドキドキする……)
このドキドキする気持ちから、恋は生まれて、恋という定義に、ドキドキすることは、定義付けとして、皆に等しく当てはまる。
要は、恋愛とは、ドキドキするモノであって、ドキドキする理由がないのであるなら、それは恋愛ではない。
うん、これぞ、私の思い描く、『恋愛のススメ』である。
……なんて諭吉先生が呆れてしまう程の、馬鹿らしいレンアイ理論と恋に基づく定義付けを踏まえた『恋愛のススメ』なる指南書を思い浮かべて、溜息を吐いたと同時に、チャイムが鳴った。
橋本先生が、大きな掌で黒板を消し終わると、長身を少しだけ、かがめながら教室の扉をあとにした。