「うん……、中学まではわたしの黒歴史だね……」
小さくつぶやくように話す茜音。実の両親がいない状況は彼女が自ら望んだことではない。
それどころか彼女は事故による被害者である。大人はそれが分かったところでクラスメイトには伝わらないだろうし、好奇心が優先して周囲にあわせて弱者をからかうなんてことはよくある話だ。
「でも、結局、そこでもあんまりいい思い出はなくてね……。結局変わらなかった。でも、お父さんとお母さんにそれ以上心配かけるわけにもいかなかったから……。わたしはどこに行っても一人ぼっちなんだって、ずっと思ってた。そんな中での修学旅行だったんだよ……。グループ行動だったんだけどね、時間がすぎるのを待ってた……」
茜音にそんな苦い思い出が残る京都に行くことは複雑な思いがあったに違いない。
「そうか、悪かったね。そんなところに来させちゃってさ」
「ううん、逆。楽しかったよ。ようやく前回の後悔したのが消えてきたから。ほんと、菜都実と佳織には感謝してるんだぁ。高校に来て、初めて学校が楽しくなったよ……」
普段は口にすることのない本音。部外者の目にはあの事故のことはもう過去のことだ。それに茜音も養父母に引き取られており、表向きでは被災孤児という言葉は当てはまらなくなっている。しかし、実際にはその後もそのこと自体ではなく、周囲の十分な理解がないことから、茜音は一人戦ってきていた。
「今でもね……、本当はいつまた言われ始めるか怖くて仕方ない……」
「そうなんだ……。あたしたちは絶対にないけど、他は分からないもんね。この間、公表しちゃったから陰でなにを言われ始めてるか分からないからなぁ」
「時々、学校の中で一人とか、一人で帰るときとか、なんか怖いって思うことがあるんだけどぉ。この歳で情けないよねぇ」
「それはもともとでしょうが!?」
茜音が恐がりだとは会った時から知っている。それよりも菜都実が気がついていたのは、旅先などで茜音がほとんど眠れないと言うことだ。寝ないと言うのとは違うらしく、ちゃんと寝床にはついても、ふとした気配や小さな物音にも目を覚ましてしまうらしい。
そんな時の茜音はいつも怯えたような表情をしている。自宅で睡眠不足という話は聞いたことがないので、やはり家族以外の旅先では部屋に入っても落ち着くどころかいろんなことをされてきたのかもしれない。
「もう、いいんだぁ……。今さらなにを言われても……。ただね、一緒にいてくれる菜都実とか佳織に迷惑はかけたくないなって思って……」
「なに言ってんの? あたしと佳織は、茜音が彼と会うまではずっとそばにいるから。安心していなさいって。誰にも手出しさせやしないからさ」
「ありがとう……。いつもそばにいてくれて。二人に会えて本当によかったよぉ」
茜音の言葉に嘘はない。それは今だからこそすんなり染み込んでくる。
「さぁ、そろそろ寝よか。明日もあるしさぁ」
「そだねぇ」
部屋を暗くし、ツインのベッドにそれぞれ入り込む。
「鍵もかけたからね。安心して寝なさいよ」
「うん、ありがとぉ。おやすみぃ」
「ういす、おやすみ茜音」
しばらくすると、疲れに安心も加わったためか、茜音は動かなくなり小さな寝息まで聞こえてきた。
「今夜は大丈夫かぁ……。可愛い寝顔しちゃって……」
菜都実も休もうとしたものの、こんなときに頭が冴えてしまいなかなか寝付くことができなかった。
「由香利……、悪いけどあたしが行くまで……、あの子も頼むわ……。寂しがって泣いている気がする……」
自分より先に空に向かった妹のこと、同じように幼くして家族を見送った親友のこと。……それ以外にも忘れられないこれまでの人生での出会いと別れ……。
頭の中に様々なことが浮かんでは消えた。
ようやく彼女が眠りに落ちたのは日が変わる頃だった。