「そうそう。佳織にも見せたことないんだけど、これどうしようかなぁ? 掃除してたら出てきてねぇ」
茜音が思いついたように、洋服タンスの引出から紙袋に入れてあった服を取り出してきた。
「それって、あの写真の?」
茜音が出してきたのは、なんの変哲もない服。サイズからして今着られるものではないが、その服には見覚えがある。
「うん、あの写真に写っている服なんだよ。処分はしてないはずと思ったら出てきたんだ」
茜音には捨てることなどできないだろう。彼女の思い出の1ページを語る上で間違いなく重要になるはずのその服は、あの日の茜音たちを撮った写真の中の現物なのだから。
これまで何度も写真は見てきた菜都実だが、その服が今も茜音の手元に置かれていることは驚きだった。
「ずいぶん擦れちゃってるもんだね」
「仕方ないよ。施設にいるときのだからね。それに、この服はちょっと特別なんだよ……」
「ん?」
茜音は机の上から例の写真を持ってきて見せる。
「この写真見て、少し変だと思わない?」
「どれどれ?」
何度となく見てきた写真だが、改めてよく見直す。
「この服ね、それを撮ったときにはもう小さかったんだよぉ。まだ着れるからって着てたんだけどね」
言われてみれば、そうも見えなくもない。ただ、当時8歳という年齢を考えれば、育ち盛りのはずで、多少小さくなってしまったのを着ていてもあまり違和感はない。
ただし、茜音はかなり身なりに気を使うだけに、サイズ違いのものを好んで着るかどうかは微妙なところだ。それをまだ持っているというところも引っかかる。
「なんか理由が他にもあるんでしょ、そんなに大事に取っておいてさ」
「うん……。これねぇ、ママが最後に作ってくれた服なんだよ。だから絶対に捨てるなんてできなくて、しまい込んじゃってたんだ」
「そんな。でも、茜音の両親が亡くなったのってこの2年くらい前でしょ? その間にそんなもんしか育たなかったわけ?」
いくら何でも5歳から8歳の間で服のサイズが変わらないなんてことは考えられない。
一緒に写真に写っている健が同じく小さいのでなければ、茜音も平均的な身長だったはずだ。
「あぁ、もちろんずっと着ていたんじゃなくて。確か、この服はもともと誰かに渡すものだったんだよ。事故にあったときに、先に送った荷物に入っていたものなんだって」
「そうなん? ちょい待ち?!」
そうだとすれば、本来この服を着るべきだった人物は茜音よりいくつか年上の、しかも当時の両親とは親しい交流があったのではないだろうか。しかし事故後に茜音がメディアに登場しても結局彼女を引き取る者はいなかった。
それをパズルのピースのように組み立てていくうちに、菜都実は腹が立ってきた。
「仕方ないよ。身寄りのない子を引き取るなんて大変だと思うよ。出てこられなかったのも分かる。それに、今のわたしはこうやってみんなに囲まれて幸せなんだから」
「だけどさぁ」
茜音が理解しているというコメントも分かる。それを差し引いたとしても、親友が受けてきた孤独さというのは計り知れない。
菜都実も家族の一人は失ってしまったけれど、孤独というのにはまだ程遠い。この少しくたびれた服は、茜音と一緒にいろんな時間を過ごしてきた証明になっていることも、着られなくとも処分できない理由の一つなのだろう。
結局、その日は出発の日程を決め、宿泊の予約を入れたところで菜都実は帰っていった。