佳織が担任に事情を話し、先行した二人分の荷物も持って病院に現れたのは、それから数時間たってのことだった。
エレベーターを降り、その前にあるがらんとした談話コーナーの椅子に茜音が一人で座っていた。
そこに置かれているテレビを見ているのか、外を見ているのかと思ったが、無表情な顔を見るとそのどちらでもないらしい。
「茜音?」
「あぁ、佳織……。ありがとぉ」
「状況はどんな感じ?」
隣に座った佳織は茜音の荷物を渡しながら聞いた。
「うん……。菜都実と家族はみんな中にいるよ」
「そっか……」
二人は黙り込む。
ここ数日の菜都実は毎日のように病院へ寄ってから帰ってきていたので、あまり病状が思わしくないということは二人とも感じとってはいた。
そして学校を通じて呼び出しをかけたということは、よくないことが起きたということをはっきりと印象付けた。
「茜音、うちの親と茜音の家にも連絡しておいた。力になってあげるようにって伝言預かったよ」
「ありがとぉ」
再び口を閉ざした二人の後ろで足音がした。
「茜音、佳織も……?」
タクシーで菜都実を病院まで連れてきた茜音も、病室のドアまで連れて行き、そこで別れてからはずっと談話室にいたので、菜都実がその後どうなったのかは分からなかったが、どうやら落ち着きは取り戻しているようだ。
「荷物届けに来たのと、茜音を迎えに来たのよ」
「そっか。二人ともさっきはごめん……。ガラにもなく取り乱しちゃってさ」
菜都実も二人の横に並んで座った。
「あぅ…」
「今夜がね……、山かもしれないって」
茜音のなにげない呟きをきっかけにしたように、菜都実は口を開いた。
「そんな、この間までずいぶん元気だったじゃない……。また外出できるかもしれないって…?」
前の週にみんなで病室を訪れた時には、元気にこの談話室まで一人で歩いてきて、見舞い終了時間まで話した上に、玄関まで送ってくれたほどだ。
菜都実も予兆を感じていたにせよ、あまりに急過ぎる。
「先生たちも慌てたらしいよ。あまりにも急変だったみたいでさ…」
「そっか…」
「会っておく? さっき意識は少し戻ったから。声をかければ分かると思うよ」
「いいの?」
菜都実はうなずいて二人を病室に招いた。
由香利の父親でもあるいつものマスターと、あまり顔を見せたことのなかった菜都実たちの母親の姿もあった。
入ってきた二人を見ると、両親はベッドの前を空けてくれた。
「由香利、茜音と佳織だよ。分かる?」
酸素吸入が行われているが、呼吸は自分でできているようだ。傍らの機械にはいくつか数値が表示されている。
茜音はちらりとそれを見たあとすぐに目をそらし、二度とそれを見ようとはしなかった。
「う……?」
小さな声がして、由香利がかすかに目をあけた。
「由香利、茜音と佳織が来てくれたよ。ダメじゃない、心配して飛んできちゃったんだぞ?」
明るく振舞っているのは分かる。しかしそれをとがめるようなことは誰もできない。
「次に遊びにいく約束したんだからね。ちゃんと元気に戻ってこなきゃ……、ダメなんだから……」
最初の順番になった佳織はそこまで言うと、それ以上は耐え切れなくなったように床に崩れ落ちてしまう。
さっきとは逆に、菜都実がそんな佳織に声をかけて部屋から外に連れ出していった。