授業とは全く関係のない日曜日、茜音は静香の病室を尋ねた。

「茜音ちゃん……。今日は授業じゃないよ?」

「うん、だから今日は私服で来たぁ」

 そう言って、茜音は手に持っていた花束を差し出した。

「ホントはね、手作りのお菓子持って来ようと思ったんだけど、食事制限されてるといけないからって……。あと、千羽は作れなかったんだけど……、頑張って700はあるはずだから……」

 茜音はそう言って折り紙で作った千羽鶴を袋から取り出す。

「頑張ろうねってくらいしか言えないんだけど……。力になれなくてごめんね……」

「茜音ちゃん……」

 涙声になってしまった静香はそれ以上続けることが出来なかった。

「あのね……、静香ちゃんのこと、もっと教えて欲しい……。わたしに出来ることなら、なんでもする。だから友達がいないなんて言わないでよぉ」

「でも……、こんな病気の私でもいいの……? 髪の毛がなかったりする私でもいいの?」

 静香は頭を覆っていたバンダナを外す。薬の副作用ですっかり毛が抜け落ちてしまった頭部を見ても、茜音は動じなかった。

「そんなこと関係ないよぉ。わたしも友達いなくて寂しいんだぁ……。だから同じだよぉ……」

「ありがとぅ……」

 それから約1年、授業がある日はもちろん、時間が許せば彼女の元に通った。

「そうかぁ……、茜音ちゃんはいい初恋したんだね。ちゃんとそれを覚えてるんだから偉いよ」

「初恋って言えるかどうかは微妙だけどねぇ……。でも、どうやってこれをはっきりさせたらいいか分からないんだよぉ……」

 事故で両親を失った話はずいぶん前に話していたが、茜音はこれまで家族以外に話すことをやめてしまったあの一件を話した。

 静香はその行動力も感心したと同時に、そのときの約束をきちんと覚えている方に興味があるようだった。

「そんなに小さい頃だから、現場の写真も何もないんでしょ?」

「うん……」

「だったら、もう探し回るしかないんじゃないかなぁ……。そのときから10年後って言うと……、高校3年生になるときだね。まだ時間はあるし」

「やっぱそうだよねぇ……。もう少し大きくなって、お金も貯めて探してみたいとは思うよ。静香ちゃんはそういう思い出ないの? 結構かわいい顔もしてるしぃ……」

 このときの会話が後の茜音に大きな影響を与えることになろうとは、当時の彼女にも考えつかなかった。

「あるにはあるんだけどね。結局片思いになっちゃったなぁ……。これでも昔は学校ではそこそこモテたんだよ。幼稚園から一緒の男の子がいて……、今は引っ越しちゃって……。病院に入る前は連絡もずっとしてたんだ……。でも、こんなになっちゃったらもう無理だって思って……」

「そうかなぁ……」

「そうだよ……。私が学校からも距離を置いたのは、結局離れて行っちゃうから……。それだったら最初から来てもらわない方がいい……。次に来てもらえることを期待しちゃうと、本当に来なくなったときに辛くなっちゃうから……。だから病室もこの奥に変えてもらった……。友達だってそうなっちゃうんだもん……、恋なんか出来ないよ……」

「もう会いたくない……?」

「できるなら1回でいいから会いたいなぁ……。でも、今の私を見ちゃったらショック受けちゃうと思うよ……。それなら私もそのままの方がいい……。きっといい女の子見付けてるよ。うん……」

 それが彼女の本音でないことは、静香が呟いた茜音への遺言ともとれる言葉だ。

「茜音ちゃんは、まだまだ頑張れる。でも、私はもう頑張れない……。だから、私の分も……、願いを叶えてほしいの」

 静香は茜音の手を握って、涙をこぼしながらも笑顔を作った。