彼女は茜音がボランティア授業の一貫として訪れていた病院に入院していた。
そのような授業では小児病棟での自由時間で子供たちの相手、軽度の介護が必要なお年寄りの話し相手になることが多い。
その彼女はそういったところには普段は出てきていなかった。茜音はたまたま用事を片づけるために奥の病棟にあるナースステーションに行ったとき、彼女と出会った。
ナースステーションの看護婦と話しているときに彼女と目があった茜音はいつもの調子で笑って挨拶したのだが、彼女は驚いて恥ずかしそうに顔を背けてしまった。その日はそれだけで茜音も大きなイベントとは捉えていなかった。
ところが翌週に病院に行くと、茜音は看護師に呼ばれて奥の病室に向かうことになった。
「茜音ちゃんとどうしても話したいんですって。お願いしてもいいかしら?」
「ほぇぇ、わたしでいいんですかぁ?」
外来系の病棟とは違い、長期治療が必要な患者の病棟は奥まった静かなところにある。
その中にある病室前で二人は立ち止まった。
「大池さん、入るわよ?」
「はい」
中から小さい声がして、中に連れて行かれる。
「はい、この子でいいのよね?」
「失礼しまぁす……。あぁ~こんにちは!」
ベッドの上で読書をしていた少女は顔をほころばせた。
「この間は、失礼なことしちゃってごめんなさい……」
「うん? あぁ、全然気にしてないですよぉ」
彼女は大池静香と言い、茜音と同い年だと言う。入院してからほぼ1年が経ったとそれぞれの自己紹介で明らかになった。
「ごめんね……。でも、どうしても片岡さんと話がしたくて……」
先週の初めての対面の後、静香はどうしても自分に話しかけてくれた茜音のことを忘れられず、何人もの病院関係者をあたり、ようやく茜音のことを突き止めてくれたらしい。
「私に声をかけてくれるなんて、本当に珍しくて……。それに……、片岡さんとは話しが出来そうだったから……」
「はうぅ……、茜音って呼んでくださいぃ」
二人はすっかり打ち解けあい、その日から茜音は静香専用の担当になった。
「そうなんだぁ……、茜音ちゃんは大変な目に遭ったんだねぇ……」
「それはそうなんだけど……、今はちゃんと育ててくれる両親もいるし……。友達は全然だけど……。静香ちゃんは……?」
「私……? 友達なんていないよ……。特に病院に入ってからはね……」
「ごめんね……、嫌なこと聞いちゃった……」
「いいんだよ。どうせ、私の友達になってくれる人なんて、簡単にはできないんだから……」
「そんなぁ……」
その時の静香の表情が余りにも気になった茜音は、学校の帰りにもう一度病院に寄った。
静香は病室には不在だったが、茜音に気づいた看護師から話を聞くことが出来た。
「その静香ちゃんね、白血病だったんだ……」
ぽつりと小さな声で茜音は言った。
「白血病?」
言葉は聞いたことがある。しかし菜都実はそれ以上のことはよく知らない。
「簡単に言ってしまえば、血液のガンて説明するとイメージしやすいかな。レベルもいろいろあってね……。骨髄移植って聞いたことあるでしょ?」
「うんうん」
「だから、その病気のことを知って、わたし、一生懸命に勉強したよ……」
「茜音が?」
「そうだよ……。静香ちゃんの気持ちに寄り添うためには必要なことだと思ったからね」
高速道路を走りつづける車内で茜音は続けた。