夕方、二人は来た道を登り、線路沿いに歩いた。

「足元気をつけてね」

「うん」

 ただでさえ、線路際というのは砂利道だったり枕木が横たわっていたりと昼間でも歩きにくい。

 それに、二人が過ごしてきたときわ園の周囲とは違って電灯などもない。

 陽が沈み、月明かりの中で歩いていると屋内に灯りの点った駅を見つけ、そこの駅員に事情を話した。

 こんな山奥だというのに、駅舎の中にいたのはまだ若い夫婦だった。

 最初、幼い来客に驚いていた夫妻だったが、二人の話を聞くと怒りもせずに優しく迎えてくれ、お風呂だけでなく、洗濯やお腹いっぱいのもてなしをしてくれた。

「健くんと言ったかな。帰ってから怒られるかも知れないが、茜音ちゃんを絶対に悪く言っちゃ駄目だよ。それに、健くんも茜音ちゃんのことを思うなら、そのくらい平気じゃなくちゃいけない。女の子を守るってのはそういうことだからね」

 その駅員さんは茜音の寝顔を見ながら健に話しかけた。

 聞くと、その夫妻も大恋愛を両親に反対され、二度と戻らない覚悟で家を飛び出し、今の婦人を連れて家出をしたまま、それ以来は家に帰ることも出来ないでいるという。

 だから、年齢は大きく違えど、健の気持ちはよく理解できているようだった。

「そうか、10年か。その頃には君たちも18になるんだな。その時まで今日のことを忘れていなければ、二人の気持ちは本物と言っていいだろう。それまでは辛いかもしれないが、茜音ちゃんのことを思い続けられるかい?」

「はい」

 翌朝、連絡をしておいたときわ園から先生が二人を迎えに来た。

 2日ぶりにときわ園に戻った健と茜音を誰も怒らず、周りの子たちからはあれだけの騒動を起こした彼らを褒め称える拍手で迎えられたほどだ。

「そういう事をするのは、もう少し大人になってから、今度は相談してくれよな。よく二人とも無事に戻ってくれたよ。茜音ちゃんの体力が心配だったんだ」

 園長先生からも怒られるだろうと覚悟していた二人を叱りつけることなどはせず、無事に帰ってきてくれた事を喜んで、最後にそう言い残しただけだった。

 その日、二人は最後の時間を過ごした後、翌日それぞれの新しい施設に移っていった。

 最後の夜、茜音と健が手をつないで熟睡しているのを見た先生たちは、この短い時間の冒険で何をしたのかは分からずとも、幼い二人の結束が強くなったことを確信していた。

 佐々木茜音と松永健、8歳の二人が交わした10年間の約束の時計の針が動き始めた、夏休みの最初の日のことだった。