『自分だけが周りを見えなくなっているのかもしれない』

 茜音が漏らした初めての弱気な発言。

 それに誰も反論をする事が出来なくなり、車の中が静まり返る。その沈黙を破ったのは意外な人物だった。

「それ……、茜音さんの今の状況下で『もしかしたら』が出て来たのだと思いますわ でも、私は彼も茜音さん一筋だと思います」

「由香利ちゃん……」

「私……、両想いになったことはないですけど……。でも、男の子の方が初めて好きになった人って忘れられないものですよ?」

「そうかぁ~」

 由香利は言ってくれた。『女性は過去に対して上書き、男性は別ページを作る』傾向が強いということ。それはよく男女の恋愛思考の違いとしてよく紹介されることでもある。

「でも、結局それが分かったのって、あきらめちゃった後だったりしたんですよね……。結局両想いなのに、それを言い出せないままに終わってしまって……。私なんて後悔ばかり……」

 由香利は少し悲しそうな顔をして笑っていた。

「私、自分がこんなだから、好きになったって、結局その人に迷惑かけてしまうとかって、そんなことばかり思ってしまうんですよ……。でも、実際はそんなことどうでもいいと思ってくれている人がほとんどで……。もちろん嬉しいですよ……? でも、現実はなかなかそうも行きません……」

「両想いなのに……?」

「佳織さん、そうなんですよ……。なかなか叶わないんですよ……。本当にいつ具合が悪くなってしまうか分からない女の子なんて、お話ではいいかもしれません……。でも、本当に具合が悪くなってしまったときのことを考えると……、本当にそこまでの覚悟を持ってくれるなんて、なかなか無いし……、私も好きな人にそんな気持ちになってもらいたくないです……。だから、二人とも心の中では分かっていても、本当に結ばれるのは大変なんですよ……」

「あたし、由香利の恋愛講座なんて初めて聞いたぞ……」

 一番驚いていたのは姉の菜都実のようだ。

「だって……、お姉ちゃんは好きな時にできるでしょ……。私はその時間だって限られちゃう……。なかなか希望通りなんていかないよ……。いつも片思いばっかり……」

「由香利ちゃん……、本当に両想いになる人って、そう何度もあることじゃないよねぇ……」

「茜音さん……」

「わたしだって、あの約束がもしなかったとしたら……、たぶん今は誰かとお付き合いしてるかもしれない……。でも、たぶんうまく行かないと思うんだぁ……。わたしは孤児だし、いろいろ言われてるのも知ってる……。きっとそういうのを聞いて、今学校でわたしのことを思ってくれる人の中で、それでも続けてわたしのことを思ってくれる人が何人いるだろうなぁって……」

「茜音は大丈夫だと思うけどなぁ?」

 佳織の言葉には茜音は首を横に振る。

「たぶんほとんどの人が離れていくと思う。さっきの会長さんにね、お願いをしたんだよぉ……。わたしのことを知らせるのであれば、わたしの事実を言って欲しいって。本当の両親がもういないことも、施設にいたことも、わたしを動かしている約束のこともみんな……。それでもわたしのことを思ってくれる人なんてほとんどいないと思うんだ……」

「茜音……」

「由香利ちゃんの身体のこともそうだと思う。病気を抱えて一緒に頑張って行くって、本当に大変だよ……。それでも由香利ちゃんと一緒にいてくれるって人がいたら、その人は本物だと思うなぁ……」

「茜音さん、もしかしてそういう経験あるんですか……?」

 由香利は不思議そうに言う。境遇については確かに説得力があるが、茜音は特に病気というハンディキャップを持っているわけではないから。

「みんなに会う前だね……。まだ中学の時かな……。由香利ちゃんみたいな友達がいたんだよ……。今の由香利ちゃんと同じ事言ってた……」

 茜音は周囲の景色を目に焼き付けるように遠くを見ながら話を続けた。