後ろから桟橋に誰かが乗った音がした。
「菜都実も、無理しなくていいんだって……」
「佳織……」
「私には茜音みたいな思い出もないし、菜都実みたいな家族の悩みもないけど……、だからって気持ちが分からない訳じゃないんだから、一人で抱え込んでないで、みんなに言えばいいんだよ」
佳織は並んだ友人の肩を持って言った。
「そっかぁ……。佳織にはとっくにお見通しだったんだな……。ところでその人は……? 茜音は?」
菜都実は佳織と一緒の人物を見上げて不思議そうに聞く。
佳織はこの地で自分に向けた更なるアドバイザーを用意していたのか?
「ほらね?」
佳織は振り向きながらその女性に向けて笑ってみせる。
「ほえぇ……、やっぱ気づいてないぃ……」
「だから言ったでしょ? 絶対に気付かれないって?」
いつもの口調の声が突然戻ってきて菜都実は驚いた。
「え? 茜音なん……? 全然別人に見えた……」
「そう。茜音ってうちらが会ってから一度も髪型を変えてないから、あれが頭の中に入っちゃってるんだよね。でも、ちょっといじってあげるとこのとおり」
言われてみれば着ている物は何度も見たことがある服だし、よく見れば茜音本人と言うことは分かる。
それでも後ろ髪をアップにして三つ編みを解いた部分をまっすぐに降ろしてみると、ぱっと見た目には別人のように見えた。なによりも普段は自分たちよりも幼く見える彼女が、髪型と表情を少し変えただけでずっと大人びて見えた。
「由香利ちゃん、わたしにもこうやって知り合った双子の妹さんがいるの……。その人は教えてくれたよ。どんなに離れていてもお姉さんのことは分かるんだって。性格も正反対なのに、本当に必要なときはお互いを信じ切ることが出来るんだって。それが双子ですって……。菜都実も……、そうだと思う……。そんな関係になれるなら、わたしの思いなんてまだまだだなぁって思う……。菜都実も佳織が言ったようにもう我慢しなくていいんじゃないかなぁ……」
「そっか……」
自分の悩みなど、この二人にかかればとうの昔に分かっていたのかもしれない。
「参ったなぁ……。茜音に心配されてんじゃぁあたしも終わりだぁ」
菜都実は立ち上がると、茜音の頭をぽんとたたいた。
「なによぉそれぇ……」
「その姿で言われてもなぁ……。茜音はやっぱりいつもの方がいいのかも……」
「うぅ……。やっぱり大人に変身は無理かぁ……」
アップにしていた髪を下ろすとあっと言う間にいつもの姿に戻る。不思議なことにそれだけで表情も元通りになる。
「無理無理。茜音はこっちの方がいいって。色っぽさが足りない」
「そんなぁ……」
「それ以上いじるのやめたらぁ? せっかくいろいろアドバイスくれたのに……」
さすがに言い過ぎと思ったのか由香利がチェックを入れる。
「いーのいーの。うちらのマスコットなんだからさぁ」
「茜音に図星つかれたの隠したってダメよ」
「なんだぁ佳織まで……」
菜都実は急におとなしくなる。
でも、それは菜都実の気持ちに一つ整理が着いたという事実の裏返しでもあった。