「でも、本当に行くかどうかは本人に決めさせた方がいいね……」
自慢げに話していた佳織が突然トーンを落とす。
「どしたん? まさかその人にはもう彼氏でもいるの?」
「ううん、正直に聞いたら今でもその理香さん、誰ともお付き合いしていないって」
「そんなら話が早いじゃん?」
「そうも言ってられないんだなぁ……」
「なんか分かってきた気がするぅ……」
茜音もこれまでに人間関係はかなり濃いところまで突っ込んでいる経験もあるだけに、佳織の雰囲気からなんとなくその理由をつかんでいた。
「え~? 茜音までずるい。まぁいっか。そんで連れていくなら早い方がいいの遅い方がいい?」
「出来ることならすぐにでも……」
「なるぅ……。かいちょー、まだいっかなぁ? あたし連れてくる!」
言うが早いか、菜都実は演習室を飛び出そうとする。
「菜都実! 理香さんの話はしないで! 場所は見つけたってだけにしておいてね」
「了解!」
菜都実が出ていくと、佳織は茜音に別のフォルダを開いて見せた。
「あとね、茜音にはこっちがメインなんだけど、この線が大糸線っていう路線なんだけど、この北側の白馬から南小谷の間と、その先の糸魚川の間だってずっと峡谷なんだよ。だからざっと見ただけでも何本も橋がかかってるんだ。先輩だけでなくて、茜音にとっても行ってみる価値はあると思うな」
佳織がざっとプレビューで見せてくれた写真の中には何枚か川沿いの線路と、鉄橋の写真が何枚か入っていた。
「うん……。佳織ありがとう……」
茜音は彼女の手を握って頭を下げる。今回の話は勢いからだけど、佳織が自分の学校での状況を打開するための条件を相手にのませている。
佳織としても見つけると言った以上見つけなければならなかった。それに加えて茜音のために情報が少ない地域の写真を自ら集めてきてくれた。
茜音が自分一人で行動できる範囲を超えている。
「気にしなくていいって。あたしだってこれ楽しんでやってんだからさぁ。なんか茜音がこの旅をやってるのが分かる気がしてきた。実際に普段行かないところだからものすごく新鮮でリフレッシュするね。受験勉強の息抜きには一番いいんじゃない?」
茜音がこれまで各地に赴いてやってきたことはそれだけではない。佳織はそれも気づいていたが、同じことが自分にも出来るかは自信がなかった。茜音だから出来る。それが佳織なりの結論だ。
「佳織、連れてきたっす」
菜都実が清人を連れて戻ってきた。
「もう見つけちゃったのか?」
「見ますか?」
佳織はさっき開いたファイルを開いて見せた。
「一昨日の写真なので、紅葉が進み始めてますけど……」
「間違いないね……。よく見つけたなぁ……」
「だから言ったじゃないですか。必ず見つけるって。あとは日程だけですよ。それにそれまでの間に他にも情報が集まるかもしれませんからね」
佳織は現地の情報をなるべく清人には最初からは伝えないでおくらしい。
「わかった。週末の結果は出次第知らせる。あと約束の件はもう少し待っていてくれ。必ずやるから」
清人は目的の場所が分かったということで少し興奮しているらしかった。佳織は借りていた写真を返し、こう続けた。
「行く日が決まったら教えてください。あたしたちも一緒に行きますから」
「えっ?」
「心配しなくても大丈夫です。あたしたちはこの場所よりもまだ奥地に行く予定です。茜音の場所を探す旅のついでです。それだけでよければですけど……」
実際、清人には現地の理香の情報は教えていない。つまり佳織がいなければ現地のコンタクトをすることが出来ない。
気がついたときにはすっかり佳織の戦略にはまっていたと言うわけだ。
「負けたよ。分かった。よろしく頼むよ」
数日後、清人から推薦試験合格の通知が三人の元に知らされた。
「んじゃ、次の週末に行きますかねぇ……」
ウィンディにやってきた清人から通知を聞いた佳織は菜都実を呼び寄せて言った。
「今回の旅に由香利ちゃんを連れて行くから、調整しておいてね。本当にきれいな場所だから」
「ほんと?」
「任せて。現地の足もほとんど確保済みだから。会長には内緒よ?」
「あんたにはホント、今回は負けたわ。その行動力どこから出てきたのよ?」
菜都実はそう苦笑したのだった。