ETERNAL PROMISE  【The Origin】




「好きだった先生からの挑戦状かぁ。渋いことしてくれるねぇ」

「これがヒントってことですねぇ……」

「そう言えば受験を終わらせてからってことですけど、今が追い込みの時期ですよね?」

 話の進展を聞くと、それこそ茜音の橋探しとそう大きく違いはない。違うのは茜音はまだ2年生。一方で3年生の2学期の清人は間違いなく追い込み時期だ。

 彼は頭をぽりぽりかいて、

「来週、推薦入試があってさ……。本当はこんなことしている時間はないって分かってるんだけど……」

「はぅ、こんなこと抱えていたんじゃ勉強も身に入らないですよねぇ……」

 ズバリと核心を突く茜音。清人は降参したように笑う。

「他の奴らとは違うな。片岡さんの話も分かったし」

「んでどーする? 茜音の橋探しとは少しずれるけど……。会長の相談に乗ってみますかい?」

 確かに、今回の話は茜音に直接関係のある話ではないし、この写真を見る限り、鉄道の橋がある様子でもない。

「分かりました。受験の結果が出るまでに場所は私たちが探します。先輩はその推薦をさっさと合格しちゃってください」

 何かを考えている様子だった佳織が突然口を開いた。

「ほぇ??」

「本当にいいのか?」

「こう見えても、私たちあちこち出歩いているし、茜音の場所探しに協力してくれている人たちも全国規模です。この場所の割り出しの目安は何とかなります。その代わり条件があります」

 清人だけではなく、茜音と菜都実までが呆気にとられている中、彼女は続ける。

「茜音のこと、なんとかしてあげてください。先輩は2年間かもしれませんけど、茜音は10年です。中身は誰よりも一途なのに、学校じゃひどい言われ方してる。こんなのって不公平です」

「佳織、いいよぉそんなこと……」

 茜音の方が焦る。自分が影でいろいろ言われていることは分かっている。でも、それは彼女なりの理由があってのことだ。

「分かった。場所探しはお願いするよ。学校での話は必ず考える。それでいいかな?」

「分かりました。この写真、お預かりしてもいいですか?」

 佳織の強気の交渉がこの場では清人に勝っていた。彼は例の写真を三人に預けて笑った。

「来て良かったよ。片岡さんも任せて」

「はいぃ。私のはまだ時間ありますから……」

 いつの間にか、時間はディナータイムに突入しており、周りを見ると半分ぐらいのお客も入っている。

「そう言えば、今日じゃないと食べられないメニューがあるって聞いたんだけど……?」

「あぅぅ、そうなんですけど、まだ残ってるかなぁ……」

 人気メニューだけに、普段ならこの時間には既に売りきれとなってしまうのだが。

「茜音ちゃん、出してやってくれぇ」

「あれぇ? あったんですかぁ?」

 マスターに小声で呼ばれると、彼は茜音の前にまだ焼き上げてないお皿を差し出した。

「間違いなく茜音ちゃんのお客だからさ、1皿だけ残して置いたんだ。今日だけ特別だぞ? 本当は予約取り置きしないんだから」

「はいぃ、ありがとうございますぅ」

 オーブンで焼き上げている間に、さっきまでのテーブルをもう一度セットした。

「もう少し待っていてくださいねぇ。限定メニューですから。佳織なにやってんのぉ?」

 仕事に復帰した菜都実と茜音をよそに、佳織だけは地図のサイトをいくつか確認して、どこかに電話をかけていた。

「それじゃ、明日よろしくね」

 佳織は電話を終えると不思議そうにのぞき込んでいる二人を見た。

「だいたい候補地がいくつか絞られそうです。先輩の合格が早いかあたしたちが探し出すのが早いか競争ですね」

「もう?」

「まさか……萌ちゃん?」

 目を丸くした清人だったが、茜音の頭の中には一人の少女の名前が挙がっていた。

「そ、二つ返事でOK。明日の放課後に会いに行くからね」

「うわぁ」

「相変わらずやること早いわね佳織。かいちょー、茜音の特別メニューお待たせ」

 菜都実はオーブンから取り出したばかりのグラタン皿を持ってテーブルにやってきた。

「この味に文句言ったら、場所探し取り消しだかんね」

「おいおい……」

 菜都実の脅迫(?)もあって、恐る恐る一口目を口に入れた。

「ど、どぉかなぁ……」

「これ、本当に片岡さんが作ったのか?」

 驚いた顔で茜音を見つめる。

「はいぃ……。シーフードはお口に合いませんでしたかぁ……?」

「謝る必要はないんじゃないか? マジでうまいぞこれ? クラスの女子に食わせてやりたいくらいだ」

「や、やめてくださいぃ!」

 茜音たち2年生も調理実習はある。ただしあえて共同作業にはあまり手を出さないようにしていたからだ。本意ではなくとも目立ってしまうのに、料理の腕まで騒がれてしまうのは得策ではないと考えたからだ。

 もちろん個人での実技などでは逆に一切の妥協はないから、クラスの間では茜音の家庭科の成績は謎の1つと言われている。

 結局、清人を送り出した三人も、そこで当日の仕事を終えた。




 放課後のホームルームが終わると、佳織は菜都実と茜音を引っ張ってそのまま駅に向かっていた。

「こんなに早く行ったって萌ちゃんいないんじゃない?」

「大丈夫。中間テスト明けで早いんだって」

 電車にゆられて目的の駅に到着する。

 改札口は東西の2カ所。佳織はためらわずに東口に向かう。改札の外では見慣れた顔の少女が三人を待っていた。

「こんにちはぁ。萌は先に帰ってなんか準備しているそうです」

「だから美保ちゃん制服だったのね? 学校終わってずっと待っていてくれたの?」

 彼女は大竹美保と言い、地元中学の2年生だ。本当なら彼女の妹の方に用事があるところを、姉を佳織たちの出迎えによこしたらしい。

「部活寄ってきたんでずっと待っていたわけじゃないですよ」

 夕方に入りかけた商店街を抜け、以前にもお邪魔した家に着いた。

「ただいまー。萌、みなさん来てくれたよ」

 最初からリビングまで通すことを言われていたらしく、美保はキッチンに向かって声をかけると三人をリビングに通した。

神無(かんな)、片づけておきなさいって言ったでしょうがぁ!」

 美保は学校の用意を置きっぱなしにしていたらしい小学4年の妹を呼びつける。

「いいんですよぉ。気にしないで……」

「神無、片づけちゃいなね。お待ちしてました」

 飲み物とお菓子を持って現れた萌は美保の一卵性の双子の妹の方で、見た目は全く一緒だ。

 茜音の場所探しの過程で知り合い、一緒に現地まで案内してくれただけでなく、茜音などは服を仕立ててもらったり一緒に料理を勉強したりと、深い交友が続いている。

「ごめんね、突然押し掛けちゃって……」

「いいですよ。とにかく資料探しだけはしておきました。それに時間取っちゃって……。お姉ちゃんの部屋全部ひっくり返したから……」

 萌が笑う。実は彼女は今やすっかりネットの写真家たちの間では次のホープとして有名人だ。

 風景写真を撮っていた姉の亡き後を継ぎ、今は姉が立ち上げたサイトに自らの作品を掲載している。夏休みに一緒に旅行した後、茜音たちに勧められ雑誌投稿した作品がいきなり新人賞を取ってしまうなど華々しいデビューを飾っている。

「とにかく写真と場所のことなら萌ちゃんだし。ちょっと見てくれる?」

 佳織はそう言って萌に例の写真を見せる。

 佳織が彼女を指名したのにはもちろん理由があった。

 萌と彼女の姉の作品には駅などの鉄道に関係した写真も非常に多く、二人の作品をあわせればその場所はほぼ本州を網羅している。

 自動車の免許を持っていない二人の女子がこれだけの場所を知っているというのは、その場所まで鉄道で旅行しているということを意味する。佳織はそこに賭けた。

「これ……、ですかぁ……」

 渡された写真を持って萌は考えていた。

「まぁ、直接は茜音のとは関係しないんだけどねぇ……」

 萌は何かに気がついたらしく、ルーペを持ってきた。

「どうかしたのぉ?」

「これ……、駅ですよねぇ……」

 写真では砂粒のように小さく見える建物を見て、萌がつぶやく。そしてやはり佳織と同じように地図帳を持ってきた。

「山にこれだけ囲まれて、湖があって……、駅があるんですね……」

「あうぅ、あんまりよく分からないぃ……」

 茜音がぼやくのも無理はない。例の写真は恐らくスマホの遠景写真をプリントアウトしたもので、何かにピントを合わせて撮った物ではないからだ。

「私も気になる場所があるのよ。ちょっとネット使えるかな?」

「いいですよ。部屋が散らかってますけど……」

 佳織は萌に続いて2階に消えたいった。




 菜都実と茜音はその場所に残り、萌が出してきたたくさんのアルバムをめくり始める。

 さすがは佳織も見込んだことがある。几帳面な萌のことだ。各地の写真を場所別に整理してあり、佳織が口頭で伝えた情報だけでもこれだけの候補地をすぐに見つけ出してきた。

「これだけ写真に撮ってくるの大変だよねぇ……」

「お姉さんの時代からの物でだよねぇきっと。でも、あの頭の回転はさすが佳織だよなぁ……」

「うん……」

 しばらくすると別室に消えていた二人が戻ってくる。

「たぶんここしかなさそうね……」

 佳織が頷いた。一緒に地図を見ていた萌もどうやら意見が一致しているらしい。

「ここなら特急を使えば日帰りで行けます。あと、茜音さんの橋ですが、この北側はもう白馬の山岳地帯です。もしかしたらあの場所があるかもしれません」

「ほんとぉ?」

 地図を見れば、その場所は北アルプスの麓である。一山越えれば有名な黒部ダムも至近距離の場所だ。

「実際に行ったことはないので確信は出来ないですけどね。でも地図で見る限りいくつも鉄橋はあります」

 思いがけない情報で、茜音の方にも俄然現地に飛びたい病が出てくる。

「早く先輩の受験が終わらないかなぁ」

 昨日の話では今週末にも試験があり、来週中には結果が出ると言っていた。その結果が合格ならばこの旅が実行される。彼の結果如何ではいつの出発になるか分からない。

「紅葉がきれいなうちに行ければいいねぇ」

「そうですねぇ。その先輩も一生懸命ですよきっと。だって、その人にあったら告白するんですよね?」

 萌の言うとおりだ。彼はその場所にただ行くわけではない。話の流れを聞く限り、そこで一つ何かが起きるわけだ。

「受験も恋も一緒にかぁ。大変だねぇ……」

 萌の家を後にして、横須賀に戻る電車の中、茜音は佳織に聞いた。

「でもなんであの場所だって分かったのぉ? 他にも似たような場所があったでしょう……」

「まぁね。見当はついていたんだけど、一応萌ちゃんのお墨付きが欲しかったんだよね。今日の話だとまず間違いないだろうってことでね。あとで種明かしはするから」

 佳織はさっきよりも自信たっぷり。まだその場所に立っていないにも関わらず、ほぼ間違いないと言わんばかりに、逆に空振りにならなければいいと不安になってしまう。

「かいちょーさぁ、本当にうちらのこと信用してんのかなぁ……」

「まぁ、話が急に進んだから微妙なんじゃん? だから完璧にお膳立てする必要があるんだよ。一泡吹かせて茜音の対策してもらわなくちゃ」

「佳織もずいぶん過激になってきたねぇ……」

 佳織の様子から見ると、今日の話を通じて、かなりの自信を持っていることはわかる。ただこの様子を見るとまだ何か策略を考えているように見える。

「まぁ任せなって。茜音もあの辺の情報探しておいた方がいいよ」

「ほわーい……」

 この二人が、佳織の言葉の意味を思い知らされたのは、週が明けてからのことだったから……。




 週があけての月曜日、放課後に佳織は茜音と菜都実を引き連れて、校内のOA実習室に向かった。

 授業が終わると時間まで生徒たちに公開されていて、自由に使うことが出来る。

「週末どうしたのぉ? お店に来なかったからぁ」

「ん? あ、ごめんねぇ。それより、これを見たら一発で分かるって」

「ほえ?」

 佳織は自分で記録してきたと思われるCD-ROMを演習室のパソコンにセットすると、その画像を一覧表示した。

「ここはぁ? あ~!」

 茜音は思わず大きな声を出して口をふさいだ。

「どうだぁ~。あたしのデジカメだけどね。これで文句ないでしょ?」

「佳織……、あんたねぇ……」

 端末の画面に表示された画像はあの渡された写真とほぼ一致したものだ。ファイル日付を見ると、週末土曜日の日付になっている。

「あうぅ……。こんなことしてたのかぁ……。内緒で行くなんてずるぅい」

 全部で100枚近くある写真をざっと確認していく。

「まぁまぁ……。大見得切って行って大はずれだったら最悪じゃん? 従兄に車出してもらって、こき使ってきたのよ。萌ちゃんのお墨付きが無くても行くつもりだったんだけどね」

「最初から見当ついていたってこと?」

 菜都実も不思議そうに尋ねる。いくら佳織とて全国の沿線風景を、しかもこんな山の上からのアングルを見ているわけではないはずだ。

「実はさぁ、この写真、同じアングルはある意味有名なんだよ。あと、このプリントを見てみそ?」

「ふに? ほぇ~、ほとんど同じ~っていうかそのまんまじゃん……。どうしたのこれぇ?」

 佳織が差し出したもう1枚の紙にはいわゆるアニメの1シーンらしい画面が印刷されている。問題はそこに映っている場所の方で、問題の写真とほぼ場所が一致している。

 ここまで一致しているということは、この絵がこの場所からの風景をベースに描かれてているとしか考えられない。

「これさぁ、衛星放送でやってた番組の1シーンなんだよね。どっかで見覚えがあった訳よ。行ったら笑っちゃったっけ。もう景色もそのまんま。ここまでそのまんまだたとは思わなかったわぁ」

「へぇ~。本当にこんなところなんだぁ。すごくきれいな場所だねぇ」

 これまで高知県の山の中、飯田線沿線など言ってみれば秘境ゾーンを旅してきた茜音だが、それよりは場所も開けている。しかしこの景色は一度見てみたくなるような風景が記録されている。

「それだけじゃないぞぉ。この写真は先輩には伏せるか迷ってるんだけどさぁ……」

 駄目押しのように、佳織はあるファイルを開いた。テーブル席に座って、佳織の方に視線を向けてくれている。

「なんか優しそうな人だねぇ。お化粧とかもしてないけど、結構気さくな人だったでしょう?」

 茜音は写真や声などからでもその人の雰囲気をズバリ言い当てることもある。施設で育ち、幼い頃から多くの人たちの間でもまれて育ってきたことが影響していると本人は話していた。

「そうそう。そんで、この人が例の人なんだよ。まぁ、たまたまそんな話になっちゃったんだけさぁ」

「すげぇ強運……」

 佳織の話では昼食をとるために立ち寄ったレストランで、写真の話をしていたところ、オーナーさんが気がついて、本人に連絡を取ってくれたというのだ。

「あ、そいで、今も茜音が見抜いたとおり、ものすごく穏やかで優しいお姉さんって感じの人。こんな突然押し掛けたのに時間取ってくれてね」

「そうなんだぁ……」

「今回のことを話したら大笑いしてた。下級生を使うとはレベルが上がったって。連絡先も聞いてあるからいつでも出発できるよ」

「すごぉい……」

 いつもながら佳織の手際の良さには舌を巻くばかりだ。




「でも、本当に行くかどうかは本人に決めさせた方がいいね……」

 自慢げに話していた佳織が突然トーンを落とす。

「どしたん? まさかその人にはもう彼氏でもいるの?」

「ううん、正直に聞いたら今でもその理香さん、誰ともお付き合いしていないって」

「そんなら話が早いじゃん?」

「そうも言ってられないんだなぁ……」

「なんか分かってきた気がするぅ……」

 茜音もこれまでに人間関係はかなり濃いところまで突っ込んでいる経験もあるだけに、佳織の雰囲気からなんとなくその理由をつかんでいた。

「え~? 茜音までずるい。まぁいっか。そんで連れていくなら早い方がいいの遅い方がいい?」

「出来ることならすぐにでも……」

「なるぅ……。かいちょー、まだいっかなぁ? あたし連れてくる!」

 言うが早いか、菜都実は演習室を飛び出そうとする。

「菜都実! 理香さんの話はしないで! 場所は見つけたってだけにしておいてね」

「了解!」

 菜都実が出ていくと、佳織は茜音に別のフォルダを開いて見せた。



「あとね、茜音にはこっちがメインなんだけど、この線が大糸線っていう路線なんだけど、この北側の白馬から南小谷の間と、その先の糸魚川の間だってずっと峡谷なんだよ。だからざっと見ただけでも何本も橋がかかってるんだ。先輩だけでなくて、茜音にとっても行ってみる価値はあると思うな」

 佳織がざっとプレビューで見せてくれた写真の中には何枚か川沿いの線路と、鉄橋の写真が何枚か入っていた。

「うん……。佳織ありがとう……」

 茜音は彼女の手を握って頭を下げる。今回の話は勢いからだけど、佳織が自分の学校での状況を打開するための条件を相手にのませている。

 佳織としても見つけると言った以上見つけなければならなかった。それに加えて茜音のために情報が少ない地域の写真を自ら集めてきてくれた。

 茜音が自分一人で行動できる範囲を超えている。

「気にしなくていいって。あたしだってこれ楽しんでやってんだからさぁ。なんか茜音がこの旅をやってるのが分かる気がしてきた。実際に普段行かないところだからものすごく新鮮でリフレッシュするね。受験勉強の息抜きには一番いいんじゃない?」

 茜音がこれまで各地に赴いてやってきたことはそれだけではない。佳織はそれも気づいていたが、同じことが自分にも出来るかは自信がなかった。茜音だから出来る。それが佳織なりの結論だ。

「佳織、連れてきたっす」

 菜都実が清人を連れて戻ってきた。

「もう見つけちゃったのか?」

「見ますか?」

 佳織はさっき開いたファイルを開いて見せた。

「一昨日の写真なので、紅葉が進み始めてますけど……」

「間違いないね……。よく見つけたなぁ……」

「だから言ったじゃないですか。必ず見つけるって。あとは日程だけですよ。それにそれまでの間に他にも情報が集まるかもしれませんからね」

 佳織は現地の情報をなるべく清人には最初からは伝えないでおくらしい。

「わかった。週末の結果は出次第知らせる。あと約束の件はもう少し待っていてくれ。必ずやるから」

 清人は目的の場所が分かったということで少し興奮しているらしかった。佳織は借りていた写真を返し、こう続けた。

「行く日が決まったら教えてください。あたしたちも一緒に行きますから」

「えっ?」

「心配しなくても大丈夫です。あたしたちはこの場所よりもまだ奥地に行く予定です。茜音の場所を探す旅のついでです。それだけでよければですけど……」

 実際、清人には現地の理香の情報は教えていない。つまり佳織がいなければ現地のコンタクトをすることが出来ない。

 気がついたときにはすっかり佳織の戦略にはまっていたと言うわけだ。

「負けたよ。分かった。よろしく頼むよ」



 数日後、清人から推薦試験合格の通知が三人の元に知らされた。

「んじゃ、次の週末に行きますかねぇ……」

 ウィンディにやってきた清人から通知を聞いた佳織は菜都実を呼び寄せて言った。

「今回の旅に由香利ちゃんを連れて行くから、調整しておいてね。本当にきれいな場所だから」

「ほんと?」

「任せて。現地の足もほとんど確保済みだから。会長には内緒よ?」

「あんたにはホント、今回は負けたわ。その行動力どこから出てきたのよ?」 

 菜都実はそう苦笑したのだった。




 その週の金曜、茜音たち三人に由香利、清人を含めた五人は日が変わる直前の新宿駅にやってきた。

「行きの分は確保しましたけど、帰りは自分でお願いしますね」

 そう言ってそれぞれにチケットを渡した。

「なんだってこんな時間出発なのよぉ……」

 最初の予想では土曜日の早朝出発と思っていたのだが、急遽佳織からの連絡で出発を前倒すことに決めたのだと言う。

 鉄道で移動すると、特急列車のスーパあずさ1号なら翌朝の7時発車。しかし佳織が選んだのは新宿駅前のバスターミナルから発車する深夜バスを使うという。

「文句言わないの。これなら明日の6時前には現地に着けるんだから。普通に行ったら10時過ぎになっちゃう。滞在時間を延ばすにはこいつしかないんだってば」

「でもさぁ、今日は別に泊まりって聞いてないけど、なんで着替えなわけ? これってまぁ泊まりって言っても車中泊でしょ?」

 菜都実にはこの時間はもう睡眠時間らしく、なんだか会話しながらも眠そうだ。

「会長さんは現地の状況次第でしょ? 着替えって言ったってシャツとかしか要らないって言ったじゃん。うちらは今日中に現地出発しちゃうから」

「えー? そうなん?」

 不満そうな声を上げる菜都実。このメンバーで出かけるのは過去にも何度かある。夏にやはり同じような旅をしたときは泊まりがけの行程だったからだ。

「だって、由香利ちゃんに無理させられないでしょ? 夜出発して明後日の朝には帰ってくるようにするから」

「あうぅ、逆にそれって結構凄いペースのような気がするぅ……」

「まぁね……。でもうちらの分は帰りはちゃんと車を用意したから、まぁ許してよ」

 茜音の言うことももっともだ。確かに普通の週末でいくつもの計画をこなすためには少々きつい行程になる。

 それだけではなく、紅葉シーズンで近くの宿が取れなかったというのも真相の一つらしかった。

「由香利ちゃん大丈夫?」

 座席に座ったとたんに本日の営業は終了と言った菜都実とは対照的に、由香利はまだ元気そうな顔をしている。

「大丈夫みたい。この話を聞いた後から興奮しちゃって寝付けなくて……」

 菜都実から聞いた話では、この由香利も同い年ではあれど、やはり身体の障害のためか双子とは思えないくらいの差があった。

 もっとも菜都実は学年女子の中でも一番背の高い部類にはいるのだけど……。

「気分悪くなったりしたら絶対に無理しないでね。うちらもなるべく休みは取りながら行くけどさ」

「分かりました」

 バスは真夜中の中央道を抜けていく。高尾までは道路脇の照明が設置されている。そこから先は車のヘッドライトだけの世界になる。

「考えてみれば夜行って初めてかもぉ……」

「え? そうなの?」

「うぅ。だって飯田線の時は新幹線使ったじゃん。夜に電車に乗っても周り見えないからさぁ」

「あ、そっか。移動だけじゃないからか」

 起きているのは佳織と茜音だけ。

 翌日の行程を考えたら少しでも休んでおく方がいい。

「茜音も休んだ方がいいよ?」

「う~、眠くならないんだよねぇ……。いつものことだからいいけどぉ……」

「なんか遠足前の子供みたい?」

「そんなとこかもぉ……」

 夜間帯なので途中からは大きめのサービスエリアも通過してしまう。車内の明かりは落とされているから、少しだけ開けてあるカーテンの隙間から暗闇の道路をただ眺めていた。

 結局、軽くうとうとしただけで目的地のある長野県に入っていった。




「おはようさん。もうすぐ着くよ。起きなさいってば」

 早朝5時頃、バスはすでに長野県の安曇野付近を走っており、佳織は熟睡していた清人と菜都実を起こした。

「えー、なんで茜音が起きてんのよぉ……」

「茜音はほとんど寝てないって……。菜都実が一番寝てんのよ」

「そうかぁ、茜音にとっても緊張だもんねぇ……」

 途中、通過する車窓の左側を佳織はじっと見ていた。

「先輩、見覚えありませんか?」

「なんか不思議なんだよなぁ……。本当に初めてなんかな……。どっかになんか引っかかっているみたいだ」

 佳織と同じく、窓の外をじっと見ていた清人も、なにかを考えるように口数も少なくなっていた。

「茜音……、佳織まだなんか知ってるよあれ……」

 ここまで来ると、菜都実も茜音も先日までの情報だけでないものを佳織が知っているのだと感づき始めていた。

「うん……。いつもの佳織じゃないみたいぃ……」

「そうそう由香利、この先に茜音が狂ったように見えても気にしないで。ときどきフリーズするから」

「フリーズ?」

「あ、ひどぉ……。ちゃんとその場所を見ようとしてるだけだもん~」

 茜音が言うには10年近く前と全く同じ景色が残っているとは思えないので、集中して雰囲気やその他の状況を見極めようとしている。

 そのために五感を総動員するというのだが、傍目にはその場で固まってしまっている風に見えるという。いつの間にか、菜都実の佳織の間では「フリーズ」という表現で呼ばれるようになっていた。

 終点の白馬に着く頃はちょうど夜が明け切ったくらいで、朝日がバスターミナルを明るく照らしている。

「さぁて、これからどうするの?」

「ん~と、本当はこのまま乗り換えて南小谷まで行きたいんだけど……、その必要はなさそうだね」

「ほぇ?」

 佳織が改札口の方を見ていたので、他の面々も見やる。

「うそ……だろ……?」

 清人の口から思わずそんな言葉が飛び出した。

 到着するバスを待つように出迎えの人が何人もいる。その中に一人、若い女性が混じっていた。

「さて、覚悟決めていきますか?」

 佳織は呆気にとられたような彼を引っ張るようにバスの外へ降ろし、あとの三人はその後に続いた。

「出迎えてもらっちゃってすみません」

「いらっしゃい。来る便が分かってたから来ちゃいました」

 彼女は佳織と挨拶を交わすと、清人の方に向き合った。

「お久しぶり。受験も合格おめでとう。来年春から大学生かぁ」

「せんせ……、なんで俺が来るの知ってんだよ?」

 清人はその女性、西村理香に拗ねるようにたずねた。

「こちらの名探偵さんはものすごい洞察力ね。あの場所も私のこともあっと言う間に探し出しちゃったわ。本当なら反則と言いたいところだけど、私も住所書かなかったり意地悪だったからおあいこね」

 理香は清人と佳織を相互に見やって言った。

「佳織、これを隠してたのか。やるなぁ」

「ちょっち衝撃すぎかもしれないね……」

「ほえぇ、そうだねぇ……」

 そんな様子を後ろから見ていた三人は顔を見合わせて苦笑していた。




「あなたが片岡さんね。お話は聞いているよ。みんなで行ける車にしてきたから、先にそっちに案内するわ」

「は、はいぃ、お願いしますぅ」

 まだショックが抜けきらない清人と、他の四人は理香の後について駅前に止めてある八人乗りのワンボックスカーに乗り込んだ。

 その車の中で、佳織はこれまでの種明かしをした。

 前回の単独調査の時に理香と出会っていた佳織は来訪の目的を話していた。その中で大糸線の話になったときに、佳織は茜音の話も持ち出し、詳しい話を聞いてきたと言うわけだ。

「最初はね、どうするか迷ったのよ。でもね、写真の場所が分かったら来なさいって言ったのは私だし、そのために頑張ったんだから、佳織ちゃんには迎えに来るって言っておいたの。本当はもっと後に登場する予定だったんだけどね」

 理香は運転しながら答えた。清人の話だと彼女は今21歳くらいのはずだが、表面上は年上と言うことをあまり感じさせないながらも頼れるお姉さんというような魅力の女性だ。

「んじゃ、場所が分かったって報告してきたときにはもう全部筒抜けだったのかよ?」

 助手席に座っていた清人は佳織を見る。

「もちろん。でもそれで試験当日に動揺しちゃったら困りますから黙ってました」

「さすがだな……。完敗だよ。片岡さんのことは帰ったら手を打とう。これでも少しは考えたんだから」

「い、いいですよぉ……。私は今のままでもぉ……」

 茜音の中では下手に騒がれて今よりも状況が悪くなってしまうことの方が心配だったから。

「さぁて、着いたわよ。ここが車で行ける一番北側かな。ここから先は写真で佳織ちゃんに送ったとおり」

 六人の乗った車は朝日に照らされた南小谷の駅を視界に入れた道路の路肩に停まった。

「すごい……」

 最初に声を上げたのは茜音ではなく由香利だった。既に北アルプスの分水嶺を越えており、川は日本海に向かって流れている。

「茜音がさぁ、由香利を連れていけないかって言い出したんだよ。きっと病院暮らしじゃいろいろと行けないってわかってたんだろうから」

 この日は現地撮影カメラを佳織に任せ、身軽な茜音は河原に向かった。

「凄いね……。普通女子一人でこんな山奥まで来ないよ……」

 河原にしゃがみ込んで何かを話している茜音と佳織を見て、清人は感心したように声を上げた。

「茜音と一緒にいたら、あの子のことを好き放題言っている奴らが許せなかったのよ佳織は。あれを見ちゃったらとてもからかう事なんて出来ないでしょ」

「自分だったらあそこまで出来ないなぁ……。お姉ちゃんはもし自分だったら出来る?」

 由香利もようやく列車内で言われていたことを実感した。実際に聞くのとその現場に立ち会うのとでは話が別だ。

「あたしじゃ無理だね。いくらなんでも10年間一度も会えないんじゃ厳しいよねぇ。しかも再会できるかどうかも分からないっていうんじゃさぁ」

 そこまで言ったときに、二人が戻ってくる。

「次の場所ってありますかぁ?」

「ええ。戻ることになるけどいい? 姫川のこの先は道路が沿っていないから」

「それでいいですぅ」

 車は元来た道を戻っていく。しかも今度は舗装道ではなく、横道にそれた砂利道に入っていく。

 標高の高いところにはもう紅葉がだいぶ進んでいる。このあたりが赤や黄色に染まる頃は山頂のあたりには雪が降り始める。

 そうなるとこのあたりも茜音たちがふらりと立ち寄れる場所ではなくなってしまう。

「うー、ここでもなかったですねぇ……」

 結局、この訪問は茜音本来の目的としては空振りに終わったようだ。

「そうかぁ。また1つ候補地が消えたわけか……」

「残念だったわね……。このあとどうする?」

 白馬の駅前まで戻ってきて、朝と昼御飯を一緒にしてしまうことにした。

「これでうちらの目的は果たしたわけだけど、かいちょーはまだでしょ?」

「まぁ、うちらはお邪魔虫ですから、今日中にさっさと消えちゃいますけど」

「おいおい」

 当然のことながら、本来主役であるはずの清人の用件はまだ終わっていない。

 そんなことは最初から分かっている佳織は、由香利の体調も考慮して、他の面子を短時間で引き上げるように調整済みだったから。




「でも、素敵よね……。初恋でそこまで一生懸命になれるって……。きっとその彼も茜音ちゃんのこと探してるんじゃないかな」

 さっきまでの少し陰った顔も戻り、デザートのパフェをどう攻略しようか考えていた茜音に理香は微笑みかける。

「そうですかぁ? でも初恋じゃなかったら出来ないかもぉ……」

「そうねぇ。一度失恋経験味わっちゃうと、こんなにピュアには動けないかもしれないわぁ。場所と人を同時に見付けなきゃならないなんて大変よねぇ」

「どうでしょうか……。もしかしたら、その彼氏さんは茜音さんのこと、もう探し当てているのかも……」

「ほぇえ?」

 唐突に由香利が口を挟んだ。

「だって、私もお姉ちゃんから茜音さんのことを聞いてちょっと検索してみたんです。もし同じようにキーワードを入れてネットで検索していたとしたら、茜音さんのスレッドを見つけるのはそんなに難しい話ではないんですよ」

「そうかぁ……。健ちゃん意地悪してんのかなぁ……」

 由香利の言ったことももっともだ。今の時代、ネットでの情報網は10年前とは大きく変化している。

 それこそ一番最初に茜音たちが検索したときにも見切れないほどの情報が手に入ったように、茜音が動き回っているという話はネット上で公開されていることだ。

 佳織と萌をはじめとする支援してくれる各地のメンバーによってSNSのサイトも立ち上がり、情報の提供や写真を入れたレポートなどもある。今日の事も佳織が撮影している写真も一両日中には公開されるのだから。

「きっと、その場所で会いたいんじゃないかなぁ……。ネットでひょいと再会しちゃったら、なんか盛り上がりに欠けるじゃない。だからそれまではじっと見ている可能性もあるよね」

 理香の言葉はある意味説得力がある。彼女は清人の住所なども知っていたにも関わらず、時期が来るまでヒントの手紙を送らなかったからだ。

 再会していないと思っているのは実は茜音だけだったりする可能性もゼロではない。

「うぅ……。ってことはあと半年以上はまだ会えないってことになるよぉ……」

 スプーンをくわえたままうなる。もし彼が自分を既に見付けているのなら、茜音に会いに来るのはそれほど難しい話ではない。

 本当に自分を見付けていないのか、それとも由香利が言うようにわざとなのか。その答えはどのみち来年にならないと分からないわけだ。

「茜音はどっちがいいの?」

「うぅ、そりゃぁ早く会いたい……。でも、次に会う時ってそんな簡単に話が終わらない気がするんだよねぇ……」

「うんうん、茜音の一大決心でしょ?」

「なんか他人の気がしなくなったぞ……」

 清人の呟きに、なにを今さらという様子にため息をつく佳織だ。

「だから最初に言ったじゃないですか。先輩と同じなんですよって。茜音はフリーなんかじゃないんです。言い方が悪いですけど、茜音と誰が付き合うかなんて勝手に盛り上がっている人たちに言いたいのは、茜音は10年前から相手を決めているんです。でも真面目な茜音は不確定な話で誰も傷つけないためにまだ正式発表していないだけのことです」

「なんか……、健ちゃんと会った後の学校を想像したくないなぁ……」

「暴動が起きるかも……」

 校内の男子で茜音の名前を知らない者はいない。

 人気があると分かっていても決して高飛車になったりしないと彼女の株は上がる一方で、最近では菜都実の言うように少し過熱気味。彼女は全く悪くないのにもかかわらず、問題視をする教師や、その姿勢を批判する女子がいるという噂も聞こえてきているからだ……。