夕食が終わり、小学生以下の部屋の電気が消え、数時間後には全ての電気が消えた。しばらくすると、二人の影がそっと部屋から出てきた。茜音と健だ。明日はときわ園での最後日となる。今日を逃したらもうチャンスはない。

 緊張した顔で廊下をそっと窺う。同じフロアで起きている人はなさそうだ。忍び足で階段を下りていく。表玄関からではなく、裏口を使って建物の外に抜け出した。

 裏庭に出ると、月の明かりがぼんやりと周りを照らしている。健はこの時のために隠しておいた荷物のある物置に走った。

 茜音はその間にパジャマから服に着替えている。さすがに園の中で普通の服で夜までいたら怪しまれてしまうから、表向きは寝る準備をしていた。

「茜音ちゃん、いい?」

「うん。行こう」

 音がしないようにそっと門を通れるだけ開け、二人は闇の中に姿を消した。

「ねぇ、どこに行くか決めてるの?」

 こんな時間に小学生が二人でいるのを誰かに見られたら、たちまち引き留められてしまうに違いない。

 時々後ろを振り返ったり、お巡りさんに見つからないかとドキドキしながら、二人は町はずれの方に向かっていった。

「行く先決めてないよ。行けるところまで行こう」

「うん」

 二人が走っていく先は鉄道の駅だ。駅と言っても普通の駅ではなく、貨物列車の駅のことで、そこならば暗いところもたくさんある。駅員やほかのお客さんに見られる心配もないと考えた。

 なんとか誰にも見つからずに家の間を走り抜けてくると、突然目の前に暗い空間が広がる。少し離れたところには水銀灯で照らされた貨物のコンテナ。しかし、こちらの端の方は大きな明かりもなく、小さな二人を見つけられるような環境ではない。

 低いフェンスを乗り越え、時々確認しながら、出発待ちの列車を探す。

 長い車列の一番後ろに、古い客車が連結されていたのが停まっているのを見つけると、急いで駆け寄って乗り込んでみる。作業も終わっているらしい。この車両には誰も乗っていなかった。貨物列車のコンテナの中や、積み込まれた石などの上を想像していたのだけど、これならば雨が降ったりしても大丈夫だ。

「茜音ちゃん大丈夫?」

「う、うん。平気……。こんなに長く走るの久しぶりだから……」

 手で胸を押さえ、息を落ち着かせようとしている茜音。一番心配しているのは喘息が再発してしまうことだけど、とりあえず今はその心配はなさそうだ。

 小さな汽笛の音と共に、列車が動き出した。

「どこに行くのかなぁ」

「どこでもいいや。行けるところまで行く!」

「うん。健ちゃんと一緒ならいいよ」

 貨物列車扱いなので駅にも停まらないし、そもそも茜音はこの土地で生まれ育ったわけでない。ただ窓から見える夜景を眺めていた。

「今頃、みんなどうしてるかなぁ」

 時間的にはまだみんな熟睡をしている時間だろうが、彼らがいないことに気がついただろうか。

 朝になれば間違いなく気づくだろう。見つかって連れ戻されることは十分承知の上だ。ただ少しでも長く二人で過ごしていたいという方が優先だったから。

「健ちゃん、わたし眠くなっちゃった……」

「うん、僕も……」

「寝ても平気だよね。少しくらいなら」

「きっと大丈夫だよ」

 小さな二人を乗せた列車は、途中駅を通過し、待ち合わせに停まったりとどこまでも走っていった。