「窓から手や顔を出すと危ないですよ」

「すみません……」

 巡回してきた車掌に注意され、しゅんとなる菜都実。

「ほらぁ、走ってる電車は危ないんだからぁ」

 翌朝、茜音たち三人と双子の姉妹の五人は、列車に乗って前日より山奥にやってきていた。

「でもぉ、こんなきれいな景色なところ、滅多に見られるもんじゃないよ?」

「分かったから、着くまでおとなしくしてなさいって」

「菜都実、この旅行はずいぶんとお子さまモードになってるよね」

「ばぶ~だ!」

 口をとがらせた返事に他の四人はみんな吹き出した。

「親に見せられたもんじゃないなこりゃ……」

 一人でオチを入れると、また窓に張り付いて外を見ている。

「きれいだけど、何もないとこだね」

 はしゃいでいる菜都実をよそに、茜音は萌と話をしていた。

「このあたりは国立公園のなかなんですよ。それだけ人の手が入っていないって言うか……」

「そうだねぇ」

「だから知っている人しか来ません。都会的なものは何もない山奥ですからね」

「でも、昨日の列車には結構若い人いたよ?」

 トンネルに入ってしまったので、菜都実が話に割り込んできた。

「間違いなく鉄道ファンだろうねぇ……。飯田線は乗るのも写真撮るのも有名な線だもん」

 飯田線がその手の人たちに有名なのはネットを少し調べるとよく分かる。全線乗り通しや全駅を訪問したなどのページがいくらでも出てくる。

 しかし、佳織はそれを見る前から知っていたのではないだろうか……。

 いくつかの集落を通り過ぎ、川沿いにある小さな駅で萌は一行を列車から降ろした。

「うひゃ~、まさに山ン中!」

「このまえお見せした写真はここから歩いて行けるところなんです。この周辺は小川が流れ込むので谷に架かる橋も多いんですよ」

 列車の中でカメラを用意していた萌が言った。昨日は茜音よりも就寝は遅かったはずなのに、眠そうな素振りも見せていない。

「これは萌ちゃんの私物?」

 茜音も確認用にカメラは持ってきたけれど、望遠なども使えない小さなものだ。今は逆にスマートフォンで大抵のことが足りてしまう。

 萌が肩から下げているのはいかにもプロの写真家などが使っているような、いわゆる一眼レフタイプと呼ばれるもので、茜音たちでさえ簡単に手を出せる代物ではない。

「貰い物ですけどね。お姉ちゃんも丁寧に使っていたので、まだまだ使えますよ。本当はボディを買い替えたいんですけどね。フィルムの時代と違って、デジタルだとすぐに新製品が出てしまうので」

「レンズはいいとしても、でも欲しくなっちゃうか……。分かる人なら欲しくもなるよねぇ……」

 佳織の情報では、一番安いモデルでもセットで揃えれば10万円は下らないし、本格的に吟味を始めたらそれこそ100万円を超えてもおかしくないと言う。

「少しずつお小遣いは貯めてますけどね」

「萌ちゃん、コンクール出してみなよ。最近はジュニアの部でも結構いい賞金出るし……」

 川沿いの道を歩きながら、佳織は話していた。他の二人もホームページや先日の写真を見て、彼女にはその素質は十分にあると思っている。

「いいんですよ。あのページはお姉ちゃんの物ですから。あるもので、趣味で、きれいな写真を撮れればそれでいいんです」

「そうかぁ。じゃいいの撮れたら見せてよね」

「はい。よく撮れたのはちゃんとプリントしてますし」

 川沿いと言っても、ダムもあったりする関係から、本流の川幅は狭くなったり広くなったりする。

 元々は工事用通路だったと思われる道は、ところどころ遊歩道のように整備されていて、ハイキング登山もできるようになっている。

 そして、その本流に向かってたくさんの支流が流れ込んでいて、その川にかかるいくつもの鉄橋のことを萌は茜音に教えていて、今日の目的地にしていた。