「あぁ~~~、疲れたぁ……」

「本当に菜都実は今回リミッターなしだね……」

「明日が本番なのに今日疲れ切ってどうすんのよ!」

 夕食も終わり、先にお風呂をいただいていた三人。広い畳部屋に入ったとたん、菜都実が大の字になって倒れ込んだところだ。

「だってぇ、美保ちゃん元気なんだもん。年下には負けられないっす~!」

「だからってさぁ……」

「まぁまぁ。楽しんでくれているみたいでよかったよ」

 茜音も前回の千夏の地元では一緒になって夜遅くまで起きていたことを考えると、あまり言えたものではない。

 この場は佳織に任せておくことにしていた。

「どうしたの茜音?」

 そんな二人の会話からいつの間にか離れ、一人窓の外を見ていた茜音に気づく二人。

「ううん。なんでもない……」



 しかし、茜音はあの双子のうちのどちらかが一人駅の方に向かったのを見ていた。暗くてはっきりとどちらかは見分けられなかったけれど……。



 体力を使い果たした菜都実と、以前から旅行に行っても寝付きのいい佳織が先に寝息を立ててしまったので、茜音は部屋の明かりを消して、そっと庭先に出てみた。

 雲もなく月明かりがあるので、思ったほどの暗闇ではない。

「もう夜も遅いですよ?」

 家の方から声がした。美保たちの一番上の姉、あの優子の祖父で、この家の主でもある。

 今回の旅行のことも萌とこの老人の協力でこの家を拠点にすることができた。

「はい……。なかなか寝付けなくて……」

「それはいけませんね」

 彼はそう言うと、縁側にお茶の用意をしてくれた。

「茜音さんとおっしゃいましたか。あれから……、ずいぶん苦労をなされたでしょう」

「はい?」

 意外な言葉だった。確かに美保と萌姉妹には事の発端から話してある。

 しかしすべてを話したのは今日の新幹線の中で、そのあともずっとみんな一緒にいたので、彼女の話はこの老夫妻は知ることもなかったはずだった。

「あれから……、もう12年ですか……。大きく立派になられて……」

 不自然なくらい、その老人は茜音に丁重だった。何か大切なものを思い出しているような。

「あの……」

「ええ、不思議だとお思いかもしれません。覚えていなくても不思議ではありませんよ。でも、私はあなたを覚えていますよ。数少ない生存者でしたからね」

 老人は茜音を愛しげに見つめていた。

「どこで……?」

 少し脅える茜音の様子に、彼は心配させないようにゆっくりと話し始めた。

「あれは……、初日の捜索が終わってからでした。ふと山を見ると、ぽつんと明かりが見えました。残骸が燃えているのかと思いましたが、双眼鏡で見ると誰かが火を絶やさないようにしているとしか思えない。『生存者がいる』と騒ぎになり、朝まで出発を待つという命令を無視して、私は仲間を連れてその場所へと急ぎました。そこにいたのが、まだ幼かった女の子でしたね……。あの子と、今日ここでお目にかかれるなんて、不思議なご縁です」

「わたしを助けてくれた方……ですか……?」

 事故当時のことはもうあまり思い出すこともなく、記憶の中に固く封印されている。しかし、「大丈夫ですか?」と夜明け直前の薄明かりの中で声をかけてくれた人がいたことは思い出せる。

「あの時はまだ幼かったですし、寒い中でひどく汚れていて「とにかく病院へ急げ」と、お名前を伺うことすらできませんでした。それでも間違いなく女の子をヘリコプターの隊員に引き継いだのは覚えています。こうして年月が経って再びお会いしたときに、あの時の女の子だというのが直感で分かりましたよ。よくご無事で……」

「そんなぁ……。びっくりしました……」

 あのとき、自分たちを見つけてくれたことは何度お礼を言っても足りないと思っていた。

 すぐに救助ヘリコプターに吊り上げられたこともあって、お礼を言うこともできなかったのだから。